<56>心占めるのは
三年前に戻ってやり直すことが不可能なら、それは今やり直すしかないってことで。込み上げる不安や、拒絶の恐怖が全くないってわけじゃない。いろんな綯い交ぜになった感情で、指先は情けないけど震えそうになるのが現状だし、喉に声が詰まってしまったかのように思い通りにならない。
それでも、カイトは誓ったのだから。
あのツリーに。また、ユウをあそこに連れて行くって。
だから、これはその宣誓を本当にする為の第一歩だ。簡単にうまくいくなんて始めからさらさら思っていない。この第一歩から、止まった時間を動かす。あの、雪に包まれた渡り廊下から――
「ユウが好きだ」
今は全て受け止めてくれなくてもいい。
この感情を拒否してもいいよ。
もしかしたら、ユウは嫌悪感すら抱くかもしれない。
それでもいい、必ず振り向かせてみるから――
カイトは真っ直ぐユウの瞳を覗き込む。ついに、言った。もしかしたら、声が震えていたかもしれない。でも、正直そんなこと自分でもはっきり分からないくらい、鼓動が激しくて混乱しそうになる。ちゃんと伝わっただろうか不安になりかけて、それは杞憂だと知る。
ユウの薄色の瞳がこれでもかってほど大きく見開かれた。その様子からもしっかり伝わったことが窺えるし、ユウが動揺していることも容易く見て取れた。
カイトは深く息を吸い込み、邪魔な鼓動を沈めようと試みてから、そっと口を開いた。
「ずっとユウのことしか見てなかった。こんな気持ちはおかしいってちゃんと分かってる。俺たちは双子だし、姉弟だから……でも、そうやって自分を諌めても駄目なんだよ。気が付けばユウのこと考えて、ユウのことを探してる自分がいる。この気持ちが依存じゃないって気が付いた時にはもう、遅かった」
「カイト……」
「こんなこと言われても、ユウは困るんだろうな」
動揺を貼り付けたままのユウにカイトは優しく微笑んだ。
「今は、サク先輩が好きかもしれないけど……必ず俺の方、向いてもらうつもりでいるから」
本音の中の真剣。これが、何も飾らなくて、何も偽らないカイトの直球な気持ちだ。
長年、溜めに溜めた思いをやっと打ち明けられた。あんなに怖かったことだったのに、意外にすっきりするもんで。
少し安堵の息を吐き、ユウの反応を窺う。
「あ、あたし……」
ユウの上擦った震える声音。無意識だろうけど、スカートの裾を握り締める手が震えている。カイトはごくりと喉を鳴らして続きを待つ。
熱気を押し退けるように、風が吹いてユウの髪を揺らす。
「どうしていいか……分からないよ……」
細々とした小さな声。その一言でカイトの全身から冷や汗が噴き出す。そして、腹の底から小さな笑いの渦が広がって、本当の意味での安堵がカイトを満たし始めていた。一番恐れていた反応ではなかったことが、少しカイトに余裕を取り戻させた。
「うん、いいよ。今は分からなくても」
そう言って、一つ頷いた。だって本当にそれで今は安心したから、カイトは心の底から温かい笑みが零れるのをそのままに、ユウに向けた。
最初の一言が、拒絶の言葉じゃなくて良かった――
「ただね、道徳とか、世間体とかそんなので考えて欲しくないんだ。それはもう、俺が散々悩み抜いてそれでも、ユウに気持ちを伝えなきゃって思うほど考えたことだから。だから、それで拒否られても俺は納得しないよ?」
カイトは不安げに見上げるユウの頭にそっと掌を置いた。柔らかい髪の感触に、胸が詰まりそうになる。本当は、抱きしめたい。このまま、自分のものにしてしまえればどんなにか幸せなのに。
ただ、そう思うけど、気持ちを伝えたならやっぱり、自分と同等の気持ちがユウから欲しい。
「サク先輩なんかより、ユウのこと笑わしてあげれるし、楽しいことも、嬉しいこともみんなあげるよ? ねぇ、だからお願い。俺のことだけ……見てよ?」
カイトの言葉に、ユウは俯いてしまったので、その表情はカイトからは見えなかった。