<55>心占めるのは
「懐かしいな」
カイトは笑みをこぼしながらシーソーの側に歩み寄った。
黄色い色で塗られたペンキは、ベンチと同様に年月を感じさせる。けれど、彷彿と思い出される記憶は少しも色褪せてなんていなくて。
ユウとの愛しい記憶で満たされている。
「シーソーってさ、案外小さいんだね。この、跳ね上がる高さも実はたいしたことなくて。昔は凄い高くまで昇ってく気がしたよ」
ユウはそっと、優しい仕草でシーソーに触れた。
「大人になるって、物の大きさから、何もかも変わっちゃうな」
「うん。なんだか寂しいな。子供の頃は、このシーソーで空まで飛んで行きたい! むしろ行ける、って思ったのに。今きっと同じ感覚を味わったら恐くてたまらないかもしれない」
大人になるにつれて、増えていく恐怖心。子供の自由から変化していく感情は、柵でいっぱいの大人の常識と狭い感覚だ。ユウの言う意味が痛いほどカイトには分かる。 その恐怖心と柵に何年も縛られてきた。今だって、気を抜けば捕らわれそうになるのは、カイトがもう大人だからだ。
でも、もう、そんな恐怖心に怯えるのも辛いほどにユウが好きで好きで堪らない。大人になっても、勇気を出せば越えられる柵だってあってもいいじゃないかって思いたい。常識だけが全てじゃない。常識だって適わないほど大切なことだってある。
「ねぇ、ユウ? 俺とユウは双子として産まれてきたから、大体はいつも一緒に遊んでたよな。学年だって一緒だし、共通の話題だって事欠かなかったし、俺は何してても楽しかった。でも、たまに考えることがある」
「……どんなこと?」
シーソーに触れていたユウの手が、少し力が入ったように見えた。カイトは、そこからユウの顔を真っ直ぐ見つめ曖昧な表情を浮かべながら言った。
「俺たちが姉弟じゃなかったらどうなってたんだろう? て」
「……え?」
戸惑いの表情が浮かぶ。笑顔だったユウに、陰りの色がさす。当たり前だ。いきなり何を言い出すのか、血の繋がった相手だからこそ不振に思うのが普通で。
それでも、何と思われようともカイトには言わなければならないことがあるから、グッと拳を握り込む。
「俺は何度も思ったことがあるよ。ユウと他人だったら良かったのに」
一瞬でユウの表情が曇る。暑い日差しが急に肌を焼くように熱く感じた。
「どういうこと?」
微かに震えるユウの声。
どんなユウだって愛しく感じてしまうから、もう正直になる。
「ユウと双子で、姉弟じゃなければ、ユウにどんな気持ちを持ったってこんなに苦しいことはなかったんだ。どうして俺がこんなこと思うと思う? ユウにはまったく理解出来ないかもしれない。俺のこと気持ち悪いって、もしかしたら顔を見るのも嫌になるかもしれない。それでも、もう、これ以上我慢することも黙ってもいられないから……」
カイトは真っ直ぐユウを見る。優しい目が不安げに揺れて、少し開いた口元が小刻みに震えている。きっと、何を言われるのか検討もついていないだろう。カイトは緊張を吐き出すように短く息を吐く。この気持ちを打ち明けたら、もう元には戻れない。良くも悪くも、関係は動き出すのだから。
「本当は、もっと早く言うつもりだった。この三年、ずっと言わなかったことに後悔して、悩んで、あの頃打ち明けていれば何かが変わっていたのかもって、思う反面、この気持ちはいけない、おかしいだろって無理矢理押さえ込んでた」
「……カイト、よく……分からないよ」
「うん。回りくどくてごめん。俺らしくないよな。でも、駄目なんだ。俺はいつだって、ユウのこととなると、自分を見失ってしまう。それくらい、ユウの存在は大きくて――」
息を呑む。
二人を残して、周りの空気が一斉に止まってしまったかのよう。
何もかも告げて、あの子供の頃のように、空に飛んでく勇気を持って――