<54>心占めるのは
初夏の照りつけるような暑さなんて、いつもだったら煩わしくて仕方ないのに、隣を一緒に歩く存在が愛しいというだけで、こんなにも気だるい熱気も爽快に感じるなんて。どれだけ、ゲンキンなんだよと、思わず自分に突っこみたくなる。
少しずつ、自分のペースを取り戻したカイトは、もうすでにいつもの楽天家ぶりを発揮していたりして。それに振り回されたユウが、困ったように大人しく後をついてくる様が、また更にカイトの気持ちを大きくする。さっきはサクの声を聞いて、柄にもなく嫉妬心に取り乱してしまったが、落ち着いて漸く今の状況を考えてみれば、ユウは今、カイトと一緒にいるのだという事実。
それに一気に気分は上昇したのだった。
サクの彼氏というポジションに比べれば、まだまだカイトは遅れを取っているのは否めない。が、諦めないと決めた以上、どんな手段だって選ばないし、使える要素は全て使う。もちろん、双子で弟という立場だってフル活用だ。
「さて、どこに行こうか?」
機嫌よく振り返ったカイトは、ユウの顔を覗き込んだ。ユウは、訝しげな表情を湛え、口元を尖らせる。
「どこって、カイトがついて来いって、さっきから散々言ってたんじゃない。ほら! やっぱり、行くところなんかないんじゃない! あたし、やっぱり帰る」
「はい、却下。家はなし」
「そういうことじゃなくって……」
恨めし気に、睨んでいるユウの表情まで恐ろしくかわいく見える。おもわず頬が上気しそうになるのを必死に堪えて、カイトは少し視線を逸らした。そして、徐に尻ポケットに手を突っ込み、今度は一気に蒼白になる。
「てゆーか、俺財布とかみんな置いてきた……!」
慌てるカイトを見て、ユウは大きな溜め息を吐く。そして、堪えきれないとでもいうように、小さく肩を震わせ笑い出した。
「カイト、ばかじゃん。財布がないとどこも行けないよ。あたしだって、無理矢理連れ出されたから何も持ってないし」
「だよなぁ。ごめん。大したことしてあげられねぇや。まぁ、取り敢えずどっか行こう。徒歩で」
「じゃあ、散歩だね」
そう言って、ユウはカイトを置いて先に歩き出した。
ユウの右側斜め後ろからついて歩く。微妙な距離感が、微妙に擽ったくて、カイトは口を尖らせた。今はまだ、隣を歩くのは弟としての立場だ。サクの恋人というポジションにとって変わったとしても、白日の下に堂々と歩けるような関係には到底なれないのは分かっているけれど、後ろ指さされたって隣を恋人として歩きたい。
迫り上げる熱い恋情に、カイトは心底思う。
暑い日差し、青く茂る街路樹、澄み渡った空が、この背徳を含んだ恋心さえも包み隠してくれるような気になる。何もかも忘れて、ユウと二人きりでいることを噛み締める。
でも、包み隠したままではいられないのだ。だって、カイトは諦めないと決めたのだから。少しずつでも、ユウをサクから取り返す。それには、この気持ちは隠してしまってはいけないのだから。
斜め前を歩く、小さな後ろ姿が欲しくて堪らないから。背徳に怯えてこの気持ちを隠してしまうことの方が愚かに思えてしまうくらい、ユウは眩しい存在でもって、いつまでもカイトを魅了し続けるのだから。
「あ、この公園!」
物思いに耽っていたカイトの思考を遮ったのは、ユウの弾んだ声。
弾かれたようにカイトは視線を上げて、ユウの指し示す公園を見た。
「ああ、懐かしいな。こんな小さな公園まだ残っていたんだ」
「小さい頃、ここによく遊びに来たよね。カイトが、あのシーソーに嵌まっちゃて毎日のように付き合わされた記憶がある」
遠い記憶を呼び起こしでもしたのか、ユウは可笑しそうに小さく笑う。
子供心にも小さい公園として記憶していた公園は、大人になった今からしてみれば本当に小さくて、申し訳程度に中央に添えられたシーソーに、端に長老のように構えた色のはげたベンチが懐かしさと共に、流れ去った時として切なく胸に広がった。
確かに、カイトの記憶の中にも残っている思い出の一部。
「俺も覚えてる。毎日、何回も何回もユウを付き合わせて、仕舞いにはユウが嫌だっていって泣き出したんだ」
「確か、そんな気がする」
はにかんだように、ユウは口の端を持ち上げた。
執拗にユウをシーソーに誘った記憶も、その理由すらカイトははっきりと覚えている。確かに、シーソーは楽しかったのだけれど、何がそのカイトの心を奪ったかと言えば、やはりそれもユウでしかないのだ。
初めてシーソーに乗ったユウは笑い転げるくらいに、喜んだのだ。カイトが激しく勢いをつけて、ユウを跳ね上げると、「空に飛んでいく!」と言って、小さな顔を空に向けて目一杯振り仰いで喜んだ。そんな様が、子供ながらに嬉しくて、カイトはシーソーに夢中になった。