<53>心占めるのは
「待って、カイト。本当にどこへ行くの? 一体どうしたのよ? 何で怒ってるの。言ってくれなきゃ分からないよ」
「どこでもいいよ。行き先なんか決まってないから」
「じゃあ、どうして……」
訝しげな声音。困らせたかった訳ではなかったのに。早くも、不安に包まれた後悔が押し寄せて来る。歩む速度を落して、カイトはユウの隣に並んだ。
「たまには俺と出掛けてくれてもいいじゃん」
「それは構わないけど、あんなことしなくてもいいじゃない」
ユウの言うことは尤も過ぎて、カイトは開きかけた口を仕方なく噤んだ。カイト自身も顛末に動揺していたから、ユウに如何言っていいものか分からなくて、思わず遣り切れない溜め息が漏れる。隣から睨むように見上げているユウの視線が痛くて、カイトは反対を向いた。押し黙って、歩いていると、ユウを掴んだ手が引っ張られ、
「ねぇカイト。もう、本当にいい加減にして。どうして黙っちゃうの? どこへ行くの? あたし、サク先輩に電話しなくっちゃ。携帯も置いて来ちゃったし、きっと先輩困ってるから」
早口にユウ。そわそわと視線が泳いでいるあたり、相当に困っているのが容易に窺い知れた。けれど、そんな態度でそんなことを言われれば、カイトだって黙って引ける訳もなくて。嫉妬心剥き出しに、否定してしまいたくなる。
正直な感情で言ってしまえば、他の男の話なんか聞きたくもないし、関わって欲しくもない。そんな可愛い顔して、他の男の心配なんか。自分の考えでまた、感情を煽ってしまうカイトは我慢という脆い線も先程の通話と一緒に切ってしまったのだった。
「サク先輩の話なんかするなよ。いいから、ついて来て」
「……どこ行くの?」
「どこでも。誰も知らないところ! サク先輩のいないとこ!」
「ねぇ、なんで怒ってるの? サク先輩がどうして出てくるの?」
「怒ってないってば! ユウはそんなにサク先輩がいいの? 俺と一緒じゃ、嫌なわけ?」
苛々に任せてカイトは吐き捨てるように言ってしまった。こんなこと言ったら、ユウは怒ってしまうかもと、はっとしてユウの表情を窺ったカイトは少し拍子抜けしてしまった。ユウは、困ったように、目を伏せて、唇を噛み締めている。どういう反応なのか推し量ることも出来なくて。カイトも眉を顰めた。暫らく、どんよりとした気まずい雰囲気に包まれて、辟易する思いで、カイトは黙ったままユウの手を引いて歩いていた。
こんな状況でなければ、きっとこの上なく幸せを味わえたはずなのに。わざとではないけれど、偶然勢いで引っ張る為に繋いでしまった手。まちのほとりを、ユウと手を繋いで歩くなんて、子供のとき以来だ。それなのに、こんな状況じゃ素直に喜べない。
自分で招いた結果なのに、何もかも上手く行かなくて、苛つくし不甲斐ないし情けない。色んな綯い交ぜになった気持ちを重く受け止めながら、それでも少しづつ冷静さを取り戻してきたカイトは、ユウのほうは見ずに言った。
「無理矢理でごめん」
小さくて聞こえたのか不安になる。ユウは、何の反応も示してはくれなかった。
「今だけでいいから、一緒についてきて?」
ユウの機嫌を窺うように、カイトはそっとその瞳を覗き込んだ。結局は、ユウに嫌われたくない一心で、機嫌を取ってしまうのだ。情けないけど、それでいい。それだけ、好きなのだから。
「カイトはずるいよ。今だけでいいとか、毎回じゃない」
「そう? そんなこと言ったっけ?」
「言ってる!」
「でも、ユウは優しいからお願い聞いてくれるんでしょ?」
何とかいつもの調子を取り戻して、カイトはお調子者らしく聞いた。
ユウは不貞腐れたように唇を尖らせてそっぽを向いている。それでも、先程よりは機嫌が良くなっているような気がして、カイトはそっと胸を撫で下ろした。