<52>心占めるのは
止められない衝動にまかせて、カイトはノックすることも忘れたまま、ユウの部屋へ転がり込む勢いで扉を押し開けたのだった。締め付けられる胸の痛みに、笑顔を浮かべる余裕もなく、嫉妬に歪んだ顔を隠す余裕もない状態で。
格好悪い、なんて思ったって、取り繕う余裕なんかこれっぽっちもなくて。情動に任せて飛び込んだ部屋。そこに、驚きに目を見張ったユウが携帯を耳に押し付けた状態で、唖然とこちらを見ていた。
呆然としたまま、身動きの取れないユウを見ながら、また、カイトも同じく固まっていた。
頭の隅々まで埋め尽くした不安と情動に突き上げられるままに、飛び込んだはいいが、カイト自身そんなことをするつもりもなかったので、どうしていいのか分からない。戸惑いをお互いに表した瞳で見詰め合う。訳の分からない状態で、驚いた時に醸し出す表情が、なんとなく自分に似ているな、などと考えたり。でも、そんな状態は長く感じるようで、きっと短かった。
次の自分がしなければならない、然るべき行動が見出せていた訳ではなかった。ただ、電話越しから聞こえてきた沈黙を不審がる相手の声に、いてもたってもいられなくて。カイトは座ったまま硬直しているユウの肩を軽く押す。不意の行動に面食らったのか、ユウはあっさりバランスを崩して、床の上に背中からころり、と転がった。ユウの伸びた手から、「ユウちゃん? どうしたの?」と頻りと喚き立てる声がする。
我慢がこの世に存在することなんてとうに忘れ去ってしまった。
悔しくない訳がない。こんなに好きなのに。
世界がひっくり返ったって、ユウだけは守れる自信もあるのに。
誰よりも好きだって、誰よりも大切だって。
どうして、誰からも認められない関係なんだろう――
気持ちが沸騰してしまいそうで、カイトはそっとユウから携帯を取り上げる。床に転がるユウに圧し掛かるようにして、カイトはユウの顔を覗きこんだまま、手探りで通話終了のキーを押した。操作音に、ユウの表情がはっと息を呑む。覗き込んだ瞳の奥が、不安げに揺れている。
「……カイト、どうして……?」
そう呟いたユウの唇は細かく震えていた。疑心に満ちた瞳に、醜く歪んだ自分の顔が映っていて。
そりゃ、そうだ。きっと訳が分からないに違いない。カイトは皮肉な笑みをも薄っすらと浮かべて、心の中でそっと吐き出した。
こんな浅ましい感情を抱えているのは、自分だけなのだから。
急激に、高ぶっていた気持ちが冷蔵庫にでも押し込められたかのように、冷えていく。少し、冷静になってカイトはユウの上から退いた。
「ユウ、出掛けよう」
「……は?」
「いいから! 来て!」
ぐるぐると色んな感情が入り混じった気持ちのまま、カイトはユウの手を掴んで起こす。全くの想定外の展開に目を丸くしたユウを無理矢理立たせ、カイトはそのまま玄関口まで、早歩きでユウをひっぱって行く。何かを考えている訳ではなかった。なぜなら、さっきからカイト自身が自分の行動が想定外だったのだから。自分の行動にけじめを付けられるほど、大人じゃない。
「ねぇ、カイト! 待って、待ってって……」
後ろで、ユウの切羽詰った声がする。カイトは意図的に無視して、唇を噛み締めながら玄関口にある、サンダルを無造作に引っ掛けた。ユウがミュールに足を通すのを確認して、カイトは玄関の扉を粛々と押し開いた。まるで、ここから先は神聖な世界にでも繋がってでもいるかというような、願うような気持ちを不思議と込めたくなって。
「カイト、どこへ行くの? あたし、先輩に電話しなくっちゃ……ねぇ、何怒ってるの?」
「怒ってる? 何も怒ってないよ?」
「うそ! 怒ってるじゃない」
「何で、そう思うの?」
「それは……」
カイトに引っ張られるまま喚いていたユウの言葉は、最後は口の中でもごもご言っているようにしか聞き取れなかった。だけど、言いたい言葉はカイトには確りと理解することが出来ていた。――双子だから、分かる。
それはユウに改めて言われるまでもなかったのだ。ユウは何も悪くない。悪くないけれど、確かにカイトは苛立ち、怒っていた。胸裏に広がる灰色な暗い感情を押さえ込めない程に。双子だから、リンクしてしまう。なんて、嫌だった。カイトだってユウの感情をリンクすることもある。けれどそれは、双子という事実ではなくて、好きだから。双子の事実よりも気持ちの問題だ。
でも、そんなことを考えたって、それは甚だ今の出来事には大して関わりがない。色んな感情が入り混じるけれど、カイトが今困惑しているのはなんでこんな行動に出てしまったのかということで。