<51>心占めるのは
どれだけ嬉しくて、束の間の幸せだって、このちっぽけな頭では分かっていても、比較するならユウに添い寝して貰った時並みの効力で。
ただのかき氷。だけど、ユウがカイトの為に作ったかき氷ならば、それはされどかき氷なのだ。
かつて食べてきたあらゆる食事が一瞬にして色褪せて、味気ないものと誤認識してしまっても、脳内がきちんと働かなくたってカイトは抗わないほどの歓喜に満たされていて。どれだけ単純なんだって、マユあたりは眉間に皺を寄せそうだなと思いつつ、浮かれた脳内をそのままにカイトは終始だらしのない笑顔を浮かべていた。
「美味しい?」
訊ねるユウに、無言で頷き返す。
食べるのが勿体ないとかこの際言わない。この気持ちが、一緒に溶けてしまわぬよう、形あるまま体内に納めてしまいたくて。カイトは黙々とスプーンを運ぶ。
そんなカイトを尻目に、ユウは空になってしまった湯飲みを流しに運び、そのままカイトに背を向けて部屋の扉に手を掛けた。それに気が付いたカイトははっとして、
「どこ行くの?」
カイトは早口に聞く。
「え? 部屋に戻ろうかと思って」
何故か俯いたままユウは小さな声で呟いた。急に素っ気無い態度。
胸の中に小さな風が吹いたようにざわめき出すのを、カイトは感じて残ったかき氷を抱えたままユウの後ろ姿を見送った。
少しだけ、ユウの心の中に潜り込めたかなと思ったのに。
先程の自分の高揚した気分が嘘かのように、思い垂れ込めた雲がカイトを包む。素っ気無く、傍を離れて行かれるだけで苦しくなる。こんなに好きだからこそ、気持ちが振り回される。でも、カイトはもう決めていたから。
残りのかき氷を口の中へ放り込んで、溶ける前にカイトのものにしてしまう。
振り回されるのは、覚悟の上。
何度擦れ違おうと、何度避けられようと、何度拒否されたって、諦めない。この心がどんな風に掻き乱されても、それを許す相手はユウだけなのだから。貰う痛みだって、至極の幸福だ。
「ごちそうさま!」
カイトは電話口のカナコに言って、使った食器を賑やかに鳴らしながら流しに放り込む。そのまま、廊下に飛び出して、二階への階段を二段飛ばしで駆け上がった。何度も立ち入ったことのあるユウの部屋の前に立つ。今日はなんて理由をつけて、部屋に入り込もうか。なんて、少し逡巡して。ノックしようと挙げた手が、止まった。
カイトは怪訝に小首を傾げながら、ユウの部屋から聞こえてくる、くぐもった声に耳を澄ます。暫らく聞き耳を立てているとどうやら、誰かと会話しているようだということが分かった。きっと携帯で話しているのだろう。扉をすり抜けて聞こえてくる声はくぐもって、不明瞭なユウ一方だけの声だったから。
邪魔しては悪いから、と一歩後退しかけて、カイトは足を止めた。
急速な速度で、胸底を埋め尽くしていくのは耐え難い、辛苦に不安。
――会話の相手は誰?
一度、広がってしまった疑問と不安はそれを解決するまで、カイトの思考を埋め尽くして苛む。相手がマユとか、同性の友達なら如何といったこともないのだ。ただ、カイトの心を掻き乱す存在といえば、今のところ独りしかいないわけで。
かつて、カイトから想い人としても、姉としてもの存在を奪っていって、今でも離さないその人。どんなにカイトが羨んでも、カイトが手にすることが出来ないものを持っている、他人。サク先輩だったら――そう思うと、心臓を基点に、手足の先にまで熱が迸ったかのように、熱くなる。同時に、頭の中が長湯でのぼせ上がったかのようになり、カイトはいてもたってもいられない衝動に、抵抗する術もないまま駆られるしかなかった。