<50>愛しい記憶
けたたましく鳴り響く電話に、「はいはい」と呟きながらカナコが席を外し、電話まで小走りで寄る。どうやら知人からだったようでカナコはそのまま世間話に花を咲かせてしまった。
たった二人きりのテーブル席に、気まずい思いでユウは熱いお茶を一口啜り、如何にどのタイミングで席を外すか思案して小さく唇を尖らせる。
急に、二人きりになってしまうと、サクの悲しさを含んだ笑みが目蓋の裏側に浮かんできて、いたたまれない、苦い気持ちに支配されるようで。どうしようもなく、逃げ出したいという焦燥に駆られる。最大限に、視線を合わせないように意識し、俯いたまま話し掛けられないよう差し向けたが、カイトはそれを気付いてか素知らぬ振りか、明るい口調で話し掛けてきた。
「俺さ、一つ小さな夢叶っちゃった!」
無邪気な、あどけない笑顔。心底幸せそうなカイトに、何の予防接種も施していないユウの脳内は呆気なくやられてしまいそうになる。
否応無しに高鳴り始める胸に、手を当てて、無視するわけにもいかないから、
「夢って? どんな?」
ちょっと怪訝な態度をとってみる。それでもカイトは歓喜に溢れた表情でユウの顔を真っ直ぐに見詰める。
「さっき、かき氷機取り合いしたって言ったじゃん。何で取り合いになったか分かる?」
「? かき氷作りたかったからじゃないの?」
「うん。ユウはね。でも、俺は違ったんだ」
じゃあ、どうして取り合いになるのだろう?
カイトの意図するところが理解出来ず、ユウは首を傾げた。そんなユウの反応を面白がっているのか、カイトは満足げに口の端を持ち上げて柔らかく笑うと言った。
「ユウはかき氷機でかき氷を作りたかった。でも……俺は、そんなユウにかき氷を作ってあげたかった」
言葉を理解する前に、頬に熱が集まる。頭が理解を示す前に、体が反応するなんて。
そんなの子供の頃の話じゃない! なんて自分に言い聞かせても火照る頬の熱はなかなか下がりそうもなくて。嬉しいんだか、ユウの気持ちを知らないカイトがそんなことを言うのが恨めしいのか、複雑だ。
だけど、体だけは素直に反応してしまうからたちが悪い。複雑な感情を抜きにしたら、これはやっぱり嬉しい反応ってことだから。
何も言えなくて、ユウは目を見開いたままカイトを見つめていた。
「今日、俺がユウにかき氷を作ったから。幼い日の俺は夢を叶えたことになるでしょ。それって、凄い幸せだよな」
ああ、こういう瞬間が一番好きなんだ。
駄目だ、駄目だと、どれだけ言い聞かせたって、こんな自由で奔放な、真っ直ぐな性格に惹かれないわけがない。半ば恍惚とした気分に浸りながら、ユウは知らず微笑んでいた。似ているようで、似ていない。双子だって、同じ人間じゃないから。惹かれることだってあるわけだ。
だって、ユウ自身はこんな魅力的に笑うことなんて出来ない。
「それ、貸して」
「これ?」
徐にかき氷機を指差したユウに、カイトは呆けた顔で聞き返した。無言で頷くユウに、そっとかき氷機を差し出す。
ユウは何も言わず、その取っ手に手を掛けて、残った氷を削り出す。
くれた気持ちに、気持ちを返したくて。
この気持ちを伝えるわけにはいかないけれど、この気持ちを込めて、カイトにかき氷を作ってあげることは許されるだろうから。
「子供の頃のカイトにお礼を言っておいてね」
照れ隠しに、そっぽを向いて差し出したかき氷は、甘い甘いシロップをたくさん塗して。
お読み頂いた皆様、季節外れの話ですみません!