<49>愛しい記憶
ひんやりとした食感がこれでもかってほど気持ちがいい。熱を持った口内に、抗う術を持たない無色透明なそれは、シロップという名の衣装を纏い、華麗に散っていく。 黄色、赤、緑、青と、様々な衣装があるがユウは赤い色をしたいちご味が一番好きだ。ほんのり甘くて、ひんやり冷たい。
「かき氷機なんてうちにあったんだね」
シロップをかき氷に混ぜ合わせながらユウは、自家用のかき氷機を使い、氷を削るカイトを見た。大して力も入れなくても削れる、その便利な機械を真剣な表情で、取っ手を回しているのが可笑しい。そんな姿までも愛おしく感じてしまう。
胸が、ずきりとした。
「キッチンの収納を片付けてたら出てきたのよ。昔貰ってすっかり忘れてたのね」
隣に腰掛けた、母――カナコはにっこりとユウに笑い掛けた。カナコが見つけだしてきたかき氷機に真っ先に飛びついたのはカイトで。子供のようにはしゃいでシロップを買いに行ったのを、ユウは微笑ましく見送った。
そのカイトはというと、真剣に氷を削っていて自分は食べてもいない。ユウは首を傾げた。
「カイトも食べなよ?」
「これはユウたちのおかわり分」
「あら、お母さんはもういいわ。さすがにお腹壊しちゃうもの」
「あたしも! だってそれ食べたら四杯目だし」
どれだけ食べさせる気だったんだ! と、突っ込みたいところをぐっと我慢してユウはカナコと同じく遠慮する。
カイトは一瞬削った氷に視線を落とし、悲しそうに目をぱちぱちとさせた。
「もういらないかぁ。じゃあ残りは俺が食べるか」
「じゃあお母さんはお茶入れるわね」
カナコはキッチンへ足取り軽く、鼻歌交じりで歩いて行く。ユウはそちらを出来るだけ意識するようにして、カイトからの視線を遮断する。さっきから、不躾過ぎる、と言っても過言じゃないほどの視線をカイトは何度も投げかけて来ていた。意図が測れなくて、どぎまぎする。こちらが意識してしまっているのを、カナコにもカイトにも気付かれて仕舞うわけにはいかないから、ユウは緊張しっぱなしだ。
ただでさえ、一緒の空間で過ごすことに後ろめたさを感じているというのに。この弟ときたら、真っ直ぐで、こちらが照れてしまうくらいの視線を寄越すから、ユウの視線は真逆に泳ぎまくりで。邪な気持ちが、見透かされないか不安になる。
「俺、このかき氷機覚えてる」
シロップをたっぷり掛けたかき氷を口に運んだカイトは、徐に視線をユウから逸らして言った。
ユウは、カイトが視線を逸らしてくれたので、安堵しながら「覚えてるの?」と聞き返す。
「俺が削るって言ったら、ユウも削るって言い出して取り合いのケンカになった」
口の端を持ち上げ、端正な顔を意地悪くカイトは歪めて笑った。ユウは、そんなことあったかなと記憶を辿るが、靄が掛かったかのように思い出せない。握ったスプーンを口に加えながら、思案に耽っていたら背後からカナコの明るい声が響いた。
「そんなことあったわね。二人して取り合いしちゃって、挙げ句の果てに二人して同時に泣き出しちゃうから、お母さん取り上げて隠しちゃったんだったわ」
懐かしそうな表情を浮かべて、カナコはお茶を淹れた急須と湯呑みを盆に乗せ戻って来た。ユウはカナコが急須を傾けてお茶を淹れるのをぼんやりと眺めながら記憶を辿るが、やはり覚えていない。
「泣いたっけ?」
「二人して大泣き。お母さん困っちゃって」
可笑しそうに微笑むカナコにカイトは、口の端を上げてはにかんだ。
「双子だから、よくタイミングが重なっちゃうのよね。子供の頃は風邪引くのも一緒だったし」
そう言ってカナコは熱いお茶を啜った。ユウは複雑な心境で、双子という言葉を心で反芻しながら視線を上げると、やはり同じような表情のカイトと目が合う。とん、と軽く跳ね上がる心臓を余所に唐突に家の電話が鳴りだした。