<48>行き違う心情
強い西日が差し掛かる駅のホーム。上りの電車が滑り込み、仕事や学校帰り、所用を済ませた人々を吐き出してまた、それらの人々を飲み込んでいく。下りのホームでそんな光景をぼんやりと眺めていた。ホームに備え付けられた古びたベンチに浅く腰掛け、隣に同じく腰掛けたサクの存在を陽炎のように感じる。こんなに側にいるのに、遠い存在に感じているのはきっとお互いで。でも、その原因はユウの方にあるから、結局何も言えなくなる。
何本の電車を見送ったのだろうか。オレンジ色に染まるホームの喧騒の中で、行き交う人々に取り残されたような空気を先に動かしたのはサクだった。
「このまま、二人きりで遠くに行きたいね。誰もいない、誰も知らない町で、知ってる人もそれこそほんとうの二人きりで誰もいないところに」
そう、サクは言って眉の下がった笑みを零した。こんな悲しい笑い方は、他の誰からも見たことがなくて。そんな顔をさせてしまう自分の存在が恐ろしいほどに忌々しい。ユウはサクを直視することも阻まれて、つと視線を逸らした。
「この世の中に、俺とユウちゃんとの二人きりだったら……そんなに苦しませないで済んだのにな。俺、全然役に立ててない。ごめんな」
足下が崩れ落ちていく感覚に、ユウは全身が痺れていく。それでも、サクにそんなことを言わせてしまった自責から強くサクの手を取って、手が白くなるくらい握り締めた。
「サク先輩のせいじゃない! ごめんなさい、あたし、サク先輩のこと苦しめてるって分かってた。分かって、それでもどうにも出来なくて、いつまでも甘えたままで」
徐に、サクは空いてる方の手を上げ、ユウの口元に押し当てた。
「うん。それ以上は言わなくていいから」
サクは手を下ろし、その手でユウの髪を梳く。
「悪い。こんなこと言うべきじゃなかったよな。この状態を選んだのは俺だよ。それでもユウちゃんの側にいることを望んだのは俺だ。それは、俺の勝手なエゴだから……だから、それを気に病んでいるなら、気にするなって言いたくてさ」
カイトのこと忘れる為でいいよ――
蘇る記憶。雪に覆われたあの、渡り廊下。それを望んだのはサクでも、あの日のなかに閉じ込めてしまったのは紛れもなくユウだ。
あの日から動けないでいる。臆病な自分のせいで、サクを雁字搦めにして何方付かずのまま。
頬を伝う感触が、溢れ出した涙だということに暫く気付かなかった。
「焦らなくっていいよ。ユウちゃんが俺の傍にいてくれればさ。いつまででも待てるから。ユウちゃんには重く感じるかもしれないけどね」
そう言ってサクは口角を引き上げて、悪戯でもした子供のような顔で笑った。
深くて、この強い西日のオレンジですら染め上げることの出来ないサクの気持ち。この強い気持ちに一体どれほどのものを返してあげられるというのだろう。きっと、見返りなんて求めてはいないのは分かっているけれど。それでも、このサクの存在を、気持ちを、独り占めする資格なんてユウにはない。本当は、始めからそんな資格はなかったんだって、気付いたのに。
サクが望むように、この世に二人きりになってしまえればどれだけいいだろう。そうなれば、サクをこれ以上苦しませなくて済むのに。サクの不安は少しだけでも薄れるかもしれない。
だけど、それはユウ自身が口に出しては一番いけないことも分かっている。だって、そんなことを言えば、またサクは気を使う。
自分が言った言葉に後悔すら覚えてしまうかもしれないから。
サクとユウしかいない世界。たった二人きりになってしまったって、きっとユウはカイトを探してしまうだろう。どこにもいなくたって、その姿を見つけるまでは死に物狂いで歩き続ける。こんなに近くにいて、慈しむような気持ちをくれるサクよりも、愚かで貪欲な自分は、惨めにも血の繋がった片割れを探して果てるのだろう。
サクが、そんな想いに気付かないわけがない。だから、ユウは黙って俯くことしか出来なかった。
そっと拭われる頬の涙は乾く気配がないほど後から後から止め処なく零れて、まるでユウの業の深さの象徴のように思えた。嗚咽を必死で噛み殺し、優しく抱き締めてくれたサクにしがみつく。髪を梳く仕草に、心が凪いでいく。
凪いだ心で、想うのはカイトのこと。
凪いだ心で、考えるのはサクのこと。
いつか、それが反転する日が来るのだろうか――