<46>行き違う心情
周りをぐるりと見渡せば、どの学生も心底楽しそうに笑っていて、とても屈託のない笑顔だ。過ぎ去る日々を、爽やかに吹く夏の風に背中を押されながら、目の前を通り行く学生たちが眩しく感じてならない。
それに比べて自分はどうだろう。カイトのような芝生の上に居たって、一緒に煌めくことは適わず、一人辛気くさい。
人生で一番楽しいと世間では言われているこの時期に。抱えるのは誰にも相談なんか出来ない、胸の張り裂けそうな想いで。もう、いっそ張り裂けてしまえば楽になれるのに。なんて、弱気になる。
周りの陽気な雰囲気に中てられて、なんだか妙に落ち込む。なくした食欲に、口元まで運んだパンを下ろし、残り少なくなった紅茶のパックを持ち上げた。
「あらら。姫君の騎士がお迎えにおいでだわ」
今まで黙って食していたマユが唐突に、背筋を伸ばして、遠くを指差す。ユウは意味が分からないまま、マユが示した方角を目を凝らして見た。そこに見つけたのは他学内の通路を、いかにも我が物顔で歩く長身の男。
「……サク先輩」
思わず、小さな呟きが漏れる。なんでここに? 疑問に思ったそばから、マユに「待ち合わせてたの?」と聞かれ、ユウは首振り人形のように頭を横に振った。
「ふぅん。じゃあ、本当に騎士様のお迎えね」
「でも、どうしたんだろう? 連絡もなしに来ることなんて今までなかったのに」
何となく解せなくて、ユウは小首を捻る。それに、正直今は会いたくなかったのに。
妙に引っ掛かる気持ちを処理出来ないまま、ユウは無意識に眉をしかめて、マユを振り返った。マユはサクの方を見たまま、何の感慨もそこからは探れない表情。
「呼ばなくていいの? 無駄に学内探させるのは大変よ?」
ぼんやりしていたユウは、はっとしてマユからサクへ視線を移す。
確かに、無駄に探させるのは申し訳ない。サクがこの場に訪れる理由なんて、ユウ以外に思い当たる節がないし。
それに、このまま知らん顔を決め込むこともマユの手前不自然だから。諦めたように、覚悟を決めて、ユウはサクを呼んだ。
呼び止められたサクは一瞬驚きをその表情に浮かべたが、すぐさま明るい笑顔になって、真っ直ぐにユウたちの方へ進路を変える。
最近ろくに会ってもいなかった。電話をしていても気はそぞろで、弾まない会話はいつものことだったけれど、拍車を掛けていたのも事実で。どのような顔で迎えればいいのか、何の心構えの出来ていない頭じゃ咄嗟に判断しかねる。普通、彼女だったら嬉しそうに迎えるだけでいいのに。強張った頬の筋肉は、巧いこと動かなくて。
堅くなった頬を隠すかのように、ユウは掌を方頬に押し当てたまま、サクを迎えた。
「マユちゃん、久しぶり。元気だった?」
サクはにっこりとした笑みをユウに向けてから、型通りの挨拶をマユにした。マユもそれに笑顔で返している。二人のやり取りを、早速投げやりになった頭は脳内処理速度を落としたまま映像とだけして飲み込んでいく。
興味のない映画のワンシーン。そんな味気ない感じ。
「サク先輩……どうしたの?」
無意識に口から発した言葉は必要以上に味気なかった。二人の会話を遮るように発してしまったというのに、その口振りは興を削ぐほど。わざわざここまで来た人に聞かせる声音じゃなくて。
発した自分に驚き、サクとは正反対に思い遣りのない自分に羞恥心を抱くには充分で、ユウは顔を伏せた。
その場に立っていたサクが動く気配がして、徐にユウの前にしゃがみ込んだ。伸ばされた両手がユウの俯いた頬を捉え、そっとサクの方へ向けられる。
重なった視線に、逸らすこともままならず、ゆらゆら揺れる感覚のまま見詰めた。強い眼差しで、射るような瞳。引き結んだ形のいい唇がふと持ち上がった。
「ほら。ユウちゃん、最近そんな様子だからね」
そう言ったサクの目は先程の鋭さが嘘かのように優しさに満ちていて。小さな自分がもの凄く恥ずかしくなる。