<41>掌の不安と幸せ
とても心地いい香りに包まれた、とても幸せな気分の夢を見た。窓から差し込む朝日もいつもだったら、眠気との格闘に参戦してユウを苛立たせるというのに。目蓋の内に眩しさを感じても、今日は苛立つこともなく、凄い穏やかで爽やかな目覚め。
あまりの心地よさにユウは頬をシーツに擦り付けて、そっと目蓋を持ち上げる。そして――一瞬で事の重大さに気がついた。それこそ朝の爽やかな目覚めなんて、光の速さで何処かへ行って仕舞うほど。
やっちゃった! なんて焦っても、もう、それは後の祭で。
目を開けた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは、亜麻色の柔らかい髪質のふわふわした頭。もう、状況証拠はこれだけで充分というくらいだ。だって見間違えようがない、悩める種なのだから。
ユウがカイトのベッドを占領してしまったせいか、カイトは床に座ったまま、ベッドの縁に頭と腕だけを乗せた無理のある体勢でぐっすりと眠っているようだった。
寝起きのぼんやりの代わりに混乱が、ユウの中でこれでもかというほど自己主張している。
まさか、あのまま寝てしまうなんて。そんなオチ、自分がしてしまうなんて思ってもみなかった。
どうしよう。なんて言い訳すればいいのか、分からない。
焦りに焦って、手足に汗をかいて気が付いた。驚きと情けなさで身動きなんて取れなかったけど、カイトの投げ出された右手にしっかりと繋がった自分の左手。
伝わってるくる掌の温もりに、思考回路は洪水にでも見舞われたかのように言葉の断片で大嵐だ。
一体全体、何がどうなって手など繋いでいるのか、きっと混乱していなくても分からない。
このままカイトが起きないうちに、この場を去ってしまおうと、繋がった手を解こうとしたが、思いの外強く握り込まれていて解けない。
これ以上無理をすればカイトが起きてしまう。なんたってユウより断然寝覚めがいいのだから。
ほとほと困り果てたユウは体を横たえたまま繋がったお互いの手に視線を向ける。カイトと手を繋いだのなんて、いつ振りだろう。
繋がれた手。
この手から自分の想いがカイトへ伝わってしまったらどうしよう。なんて、有りもしないことを考える。
でも、そんな気持ちと裏腹に妙に鼓動の高鳴りを感じるし、そんな風に感じる自分に嫌悪感も覚えて。知らず内にユウは唇を強く噛み締めていた。
頭の中のごちゃごちゃを追い払って仕舞えれば、残るのは至って単純な感情だけなのに。
繋がっているのはこの手だけじゃない。一番強い繋がりは、お互いの体の中の隅々まで活動を続けるこの血だ。だから、欲しがってはいけない。この、一時の手の繋がりを。
分かっていたのに、分かっているのに。
激しい程の欲しがる衝動に、抗うように、ユウは焦って上半身を起こした。だって自分がここまで欲を抱いてるなんて、予想以上だ。サクがいるのに。未だにこんなにもカイトが欲しいなんて。
やっぱり、ここにいてはいけない。
気持ち良さそうに眠るカイトの顔を見つめて。諦めるように、一つ頷いた。
ユウは、そっと握られた手を再度解しにかかる。先ほどよりもカイトの力が抜けていて、後少しで解けそう。ユウが安堵の息を吐いた矢先、解かれ掛かったカイトの手が再び強くユウの手を握り締めた。
驚きに、ユウの肩が跳ねる。
「おはよー、ユウ」
これでもかって程明るい微笑。寝起きの人間とは思えないほどで、ユウの気持ちを更に刺激する。
頬に全身の血が集中してしまったのではないかと思うくらい、熱くて。
ユウは咄嗟に顔を背けた。
「ごめん。あたし、カイトの部屋で寝ちゃったみたい。すぐ出るから」
ああ、最悪の事態だ。カイトが目覚めてしまった。内心焦りでいっぱいで、目を見てなんてとても話せそうにない。
ユウは言い訳もそこそこに、立ち去ろうとベッドから起き上がろうとした。その瞬間、繋がった手をくんっと引かれ、バランスを崩してまたカイトのベッドに逆戻り。
何が起こったのかよく分からなくて、カイトを見る。整った眉が心持ちか下がっていて、それは少し悲しそうに見えなくもなかった。