<4>依存する香味
軽やかでそれでいて、少ししつこい。
甘いようでやっぱり少しさっぱり。
味は――如何なんだろう?
最近ユウはお気に入りのティーカップに、何だかいい香りのする紅茶を朝から飲むのが習慣になっている様で、カイトはカップを口に運ぶ様子を観察しながら味の予想をしていた。
妙に甘い香りが鼻に衝く。だけどそれは嫌な気分ではなくて、少しホッとする様な感覚。
ユウがカップを置いて朝食の食パンに手を伸ばした瞬間に、カイトは狙ったかの様な速さでユウのカップを手にし、
「ああ! また勝手に飲む!」
「あ、甘い。やっぱり甘かった」
「文句言うくらいなら勝手に飲まないでよ。いつも言ってるでしょ」
朝から勝手な弟を軽く睨みつけユウはカップを取り返した。
唇を尖らしたカイトはそばにあったお茶に手を伸ばし、お口直に一口啜る。
ユウが飲んでいた紅茶は香りと同じく味も甘かった。その味を思い出し、カイトはくすりと暖かい笑みを零す。ユウにぴったりの紅茶だと思う。砂糖の甘さも一際。
「二人とも、あんまりゆっくりしてる時間ないんじゃない?」
そんな様子をキッチンから覗いていた二人の産みの親、母――加奈子は少し慌てた声色で言った。ユウに似た顔でお皿を洗いながら首だけこちらへ向けている。
二人は母の声に同時に壁掛け時計を見やる。
時刻は着実に進んでいた。
「やばい。もう行かなくっちゃ」
ユウは食べかけのパンを皿に放り出し、椅子に掛けてあったマフラーを手に急いで立ち上がった。もっと早く教えてくれればいいのに、とのんびり屋の母の後姿に思う。
「あ、残すなよ!」
急ぐユウにカイトは残されたパンを自分の口へ放り込んだ。たいしてよく噛みもせず、よく喉に詰まらせないもんだと、妙なことに関心しながらもユウは靴を履く。隣で同じく靴を履き終えたカイトは下駄箱の上に置いてあった自転車の鍵を手にし、「行ってきまーす」とやる気のない声で叫んだ。奥からカナコの声が返って来るのを聞いてから、ユウは戸を閉めた。
玄関の側に置いてある自転車に鍵を差し、錠を外す。
隣のユウが小首を傾げ、無言でカイトを見ていた。
「今日は自転車で行くの?」
「だって時間ないだろ?駅まで自転車で行こうぜ。後ろ、早く乗りなよ」
心持ち固い表情のユウに疑問を抱くも、カイトはさっさと自転車に跨りユウを促した。無事ユウが腰掛けたのを重みで確認するとカイトは快調に自転車を進めた。
カイトの背中。
見慣れているのに、なぜか胸が締め付けられる様な感覚にユウは顔を顰めた。いつかはこの背中も誰かのものになってしまう時が来る。双子の弟が選ぶのは一体どんな子なのだろう。それを考えると何故か心中穏やかではいられなくなってしまう。自分の片割れを独り占めしていられるのは何時までなのか。
良くない。依存し過ぎだわ。
自分を戒める様にユウは瞳を固く閉じた。
冬に差し掛かろうとしている秋風に乗って、ふわりとカイトの匂いが運ばれて来る。細波の様に押し掛けていた不安が少し穏やかになり、優しい匂いに安堵する。
カイトの匂い、眼差し、なんでここが一番落ち着く処なのだろう。弟なのに――やっぱり双子だからなのだろうか。でもそれじゃあ、依存なんて一生治せないじゃない。と、ユウは優しい香りの中で小さく呟いた。
駅まではこの背中も匂いも独り占めだというのに憂いの表情で俯き、カイトが前を見ている事が有り難かった。