<35>悪夢から続く現実
薄いコーヒーを口の中で転がす。まるで中途半端加減が、自分の気持ちのようで、カイトは長いため息を吐く。
マユは見かねたような表情で、手にしていたフォークを皿の上に戻した。
「ユウが、サク先輩と付き合いだして、カイトはどう思った?」
「どうって、やっぱり嫌だよ。正直、気分わりぃ。けどさ、半分信じたくないからか実感薄いんだよな。それより、なんだかユウに半歩置かれた態度が俺は寂しいよ」
自分で言っていて、余計に侘びしくなる。カイトは長椅子の背もたれに身を崩した。
「ねぇ、ユウは幸せそう? この三年の間、とても幸せそうに見えたことがあった?」
マユは組んだ手の上に顎を乗せ、真っ直ぐカイトの瞳を覗き込んだ。
ユウが幸せそうだったかだって? カイトは眉間にシワを寄せながら、無意味に流れるように通り過ぎてしまった三年間の、記憶の回路を辿る。
どうだっただろうか。
記憶に残るユウは、二人きりになると居心地悪そうな感じでカイトの前ではいつでも戸惑っているような雰囲気だった。
どんなにユウが幸せを感じていたって、カイトの前では分からない。薄い皮膜に隠されたようなユウの気持ちなんて。それが分かればこんなに苦しいことなんてない。
「わかんねぇ。てゆーか、こんなにユウのことが分からなくなることがあるなんて昔は思ってもみなかった」
「ああ、あんたたち面白いほどの意思疎通持ってたものね。じゃあさ、逆にそれはユウも同じだと思わない? カイトはユウのことが分からない。その逆は?」
マユは解いた掌をくるりと反転させ、カイトの方へ向けた。
回答権がこちらへ回ってくる。
「俺のことが分からないってこと?」
「そ。そういうこと。きっとお互い分かってない。なんならきっと、あたしのほうが知ってるかもね。いい? カイト。あたしが言えるのはここまで」
マユの瞳の奥深くが、真剣な色を湛える。カイトもつられて真剣な面持ちになった。
「あたし、ユウからサク先輩の話ほとんど聞かない。聞いてもユウは濁す。これって、どういうことかよく考えてみることね。ほんとのところ、ユウの本心は聞いたことがないから分からないけど。聞かなくたって分かることはある。そうでしょ?」
マユだから――
分かる事がある。カイトは、じっとマユの瞳の奥を見詰めた。マユの言葉を反芻してみる。確かに、マユにもサクの話をまったくしないといのはおかしいと思う。でも、だからと言ってサクのことを何とも思ってないわけもないはずで。
そうでないとユウは何でサクと付き合ってるのか分からないじゃないか。
ますます混乱しそうな頭を抱えて、カイトは身を捩って机に突っ伏した。
「さっぱりわからねぇ」
「……あんたたち、あたしから見ればそっくりだけどね。じゃあ、まずは自分に正直にいきなさいよ。自分が今どうしたいか。どうしたら納得が行くのか。そこから動かなきゃ、何も見えてこない」
呆れたように言ったマユの声音は、思いの外優しかった。カイトは、遠くに人々の喧騒を聞き、食器の奏でる音を無意識に拾いながら、窓の外をぼんやりと眺めた。
自分がどうしたいのか。どうしたら納得が行くのか。
そういえば、ずっとそんなこと考えていなかった気がする。ユウの態度に意気消沈して、これ以上避けられないようにと気を張り、嫌われたくないと尻込みして。自分の気持ちにはセーブをかけて。
気付かされてみれば簡単なことだ。
俺はユウとちゃんと話がしたい。昔みたいに、笑って。だって、この気持ちはまったくもって色褪せてなんかいないのだから。寧ろ三年も、もやもやと閉じ込めていた気持ちだ。もう、相当に、膨らんでいる。弾ける前にきちんと話がしたい。
「うん。いい顔になったね」
「目から鱗だった。マユの言うとおりだ。俺がしたいことを考えてなかった」
「したいことが見付かったなら、頑張りなさいよ?」
そう言って、マユはにんまりと笑った。マユらしい笑顔だとカイトは思った。