<34>悪夢から続く現実
「最近のカイトって、ちょっとうざい」
そう、ハッキリと言われるといくら楽天家だって、ずきりとくるものがあるわけで。
片頬を引き攣らせながら、どこが、と萎れた声で問い返す。
夕時のファミレスは人の声で溢れている。これだけの人が溢れて、並んでいる食事の量も多いのに、夕時に町を歩いている時のような、懐かしい家庭の匂いは全くしない。
「もう、いい加減諦めたらどう? もう、三年以上経つよ」
「うざいって、その事について俺は何も言ってないけど? 今も、そして今までも」
オリーブオイルに絡めて、少量のパスタを口に運んだマユはげんなりとした目でカイトを見た。
カイトは手元にキープしたコーヒーカップを玩びながら、マユの言葉を待った。
「確かにね。カイトの口から具体的な事をさ、聞いたことはないわね。でもさぁ、そんな全身から陰気なオーラが出てれば誰だって何かしら思うところがあると思うけど」
「それは、マユだからだろ」
「ああ、そうね。そう、あたしだから、全部気付いてるし、知ってることもある」
頷いた表情は至って満足げなマユ。
マユに隠すつもりはさらさらなかった。けれど、自分からも打ち明けるつもりもなかった。だから、今までカイトはユウへの気持ちをマユに伝える事はしなかった。どうせ、言っても言わなくても気付かれるのだ、ということは長い付き合いだし端から分かっていた。
だから、この話題に触れられるのもついに来たか、と言うよりはやっとか。という思いも強い。なんたって三年越しだ。なぜ、マユは今まで気付いていて黙っていたのだろうか。
「なぁ、本当の好きってどんなだろうな?」
半ばぼんやりとした面持ちでカイトは言ったのだが、なぜがマユは息を呑むような素振を見せ、軽く目を丸くした。
そして、微かに口元を綻ばせながら、
「双子って面白いよね。その答えはユウもカイトも、もう見つけていると思うけどね」
「意味が分かんねぇよ」
双子が何の関係があるんだか、さっぱり理解出来ないカイトはつまらなそうに横を向いた。それでもマユは何だか心底楽しそうに目元で笑っている。
本当の好きと、嘘の好きと、どれだけの違いがあるのだろう。大体、嘘の好きってなんだよ。カイトは考えながら自分に問い掛ける。嘘の好きがどんなもんで、どのような時に抱くのかなんてカイトには想像もつかない。想像もつかないけれど、それ自体は否定したくないのだ。嘘の好きであって欲しいから。未練たらたら、何年経っても薄くもならないユウへの気持ち。ユウの気持ちが本当の好きだ何て思いたくないのだ。自分以外に向けられた想いが、本当の好きだなんて。
「俺って欲張りなのかなぁ」
「さぁね。でも、好きなら自分の傍に置いておきたい、傍に居たい、と思うのは普通なんじゃないのかな。それと同時に相手の気持ちを独占したくなるのも当たり前じゃない」
「だよなぁ。なんで俺だけなんだろ」
「そりゃ、自分と同じ想いを相手にも思ってもらうって簡単なことじゃないから。そんな都合良く全てが運ぶわけないじゃない。特に、カイト達はそうでしょ?」
カイト達は――
いつだって、この血が邪魔をする。血が繋がってなければ、双子でなければ――なければどうというのだろう。だって、双子じゃなくたって全てが自分の望むように都合よく運ぶとは限らない。だったら、本当はそんなことはどうでもいいんじゃないか。という気すらしてくる。でも、そういう訳にも行かないのだ。周りはそれを認めない。それが世間というものであって、道徳というものだ。それは、カイトも痛い程感じている。でも、このままじゃこの昇華されない気持ちにどうけじめをつければいいのかすら分からない。あまりにも分からないことが多すぎて、今に消化不良の気持ちに押しつぶされそうだ。
急に情けない思いに駆られ、それを振り切るようにカイトは玩んでいたコーヒーカップを口元で傾けた。ファミレス特有の薄い味と薄い香りは、それらを消してくれる事はなかった。