<33>悪夢から続く現実
寝苦しい夜じゃなくとも、軽いうたた寝の時だって、悪夢を見ることはある。誰にだってそんな経験はあるはずで、それはカイトだって例外ではない。
ただ、例外なのは同じ夢を繰り返し見ることだろう。
今日もまた、ほんのうたた寝だった。
大学から帰り、居間のソファに軽く寝転がって、帰り掛けに買ってきた雑誌をペラペラ捲っていた。連なる文字は流すだけにおさめて、カラーの写真ページだけを飛ばし見したりして、ユウに似た子が載ってたりすると少し狼狽する。なんてことをしているうちに、いつの間にか、とろとろと半睡状態に陥っていた。
夢の中で、これは夢だから、何でもないそんなことないと言い聞かせる。言い聞かせるようにして飛び起きて、そしてこれが現実なのだと思い知る。悪夢から続く現実。カイトにとって、今もその夢も現実以外のなにものでもなかったのだから。
嫌な汗を全身に纏い、どれほど自分の心と体がその現実を拒んでいるかが分かる。だけど、そればかりは変えようもない現実で、また事実であるから、いつまで経ってもカイトは夢をみる。
あの日の夢を――
かちり、と小さな音がして、玄関口に人の気配。
ユウが帰って来た。未だに薄れることない双子のシンパシー。夢で乱れた心拍数が更に散り散りに乱れ、このまま止まってしまうのではないかと思う程。
少し落ち着こうと、深く深呼吸をして、気持ちを誤魔化した。
「おかえり」
何事もなかったかのように、ユウを迎えた。双子のユウでも欺けるくらい自然に。
「ただいま」
浮かない表情のユウはそっとカイトから視線を逸らした。手にしたカバンをきつく握っている。
頑なな態度。解かれない警戒心。空気中を漂う粒子のように纏わりつく拒絶の壁。
あの日から、カイトとユウの間に生まれてしまったものだと、カイトは常日頃感じていた。
「今日は二人とも外食してから帰るって」
カイトはもう一度ソファに寝転がり、戸口にいつまでも佇むユウに言った。
両親の外食。家にユウと二人っきりで、本当だったら嬉しい時間の筈なのに、この三年間二人きりでいるのが辛いと感じないことがなく、でもそれを表に出すカイトではないから、自分の配慮にしくじりないよう注意する。本心をさらけ出すことが今は怖かった。
「あたしは外で食べて来ちゃったけど。カイトは?」
「まだ。じゃあ、適当に何か食ってこようかな」
「うん。そうしたら?」
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたようないたたまれない痛みが走る。素っ気ない態度より、そのほっとしたような顔をされることに、いつになくカイトの気持ちはやせ細る気がした。
ユウも二人きりを恐れている――
どうしても拭い去ることの出来ない違和感。取り払おうとしても、霧のようにいつの間にかそっと漂い、そこから先の視界を奪い去ってしまう。
ただユウが欲しいと望んだだけだったのに。
何がどうねじくれて、こうなってしまったのか、まったく分からなかった。だってまだカイトの気持ちすら打ち明けていなかったのに。
「出かけるわ。戸締まり宜しく」
なるべく自然体を意識して、本当のような笑顔を見せて、戸口に未だ佇むユウとすれ違った。
甘い香り。あの頃と何も変わらないのに。それなのに変わってしまったのは二人の関係で。恋に落ちるのが不自然で避けずまれる関係なら、今のこの不自然なぎくしゃくとした双子はどんな存在なのだろう。
望んだのはこんな状態じゃなかった筈だ。
玄関の扉を閉めて、大きな溜め息一つ吐き、そっと夜空を見上げた。