<32>君の選んだ今
送って行こうか、と言われて、大丈夫と答えた。
いつも思うことは同じでこれ以上優しくしないでということ。
重苦しい気持ちを抱えたまま、電車を降りるサクの背中に小さく手を振りながら見送った。
スローな動作でユウを乗せた電車が滑り出す。ホームから遠ざかって行くなか、サクの背中とカイトの背中を重ねてみる。
やっぱり、うまい事重ならない。そんなことはじめから分かり切っているのに、双子の姉としてカイトの傍にいることを選んだ時から。弟としての優しい手を離したくなくて、選んだ道。
それなのに、皮肉なことにサクのくれる優しさはユウの心を必要以上に消耗させる。それがどういうことなのかも分かっているから、そんな自分に嫌悪を抱くしサクの想いを踏みにじってまでカイトの呪縛から逃れることの出来ないユウのことを今でも好きでいてくれるサクに申し訳が立たなくて、苦しい。
時々思う。
今のこの苦しさと、もし、あの時カイトにすべてを打ち明けていたら変わっていたであろう未来と、どちらがより苦しかったのだろう。
その答えはもう知りようもないけれど、ユウにも一つだけ分かっていることがある。
それは、双子の弟であって肉親のカイトを好きになってしまったという罪科。一生かけても消せそうにないこの想いへの天罰。
だからきっと、一生苦しくて、切ない。
自宅のある駅で降りてすぐ、マナーモードにしていた携帯がカバンの中からユウを呼ぶ。緩慢な動作で取り出してフラップを開く。
「あっ……」
サクからの受信メール。そこに打ち込まれた無償の優しさ、気遣い。
――気を付けて、帰れよ――
サクのさりげない心遣いに、しくしくと心が張り詰めていく。
「こんな、薄情な女のどこがいいのかな……」
ポツリと呟いて、携帯のフラップを閉じた。
優しさを重さとしか取れなくて、心遣いを煩わしく感じてしまったり、好きになろうと努力をしているなんて、どれだけ失礼な女だろう。
握り込んだ携帯を片手に、ユウは歩みを止めて、自分の足元を見下ろした。
この道の先に続いているのはいったいどこなのだろう。
サクのもとに続けばいいのに、と思う。それはきっと続いていないのをユウが一番知っているからで。
スケープゴートにしたのは自分なのに、これ以上傷付くのが怖くて、また優しいサクに逃げている。
こんなに酷い女いる?
自虐的に笑って、うっすらと涙の浮かんだ瞳で夜空を見上げた。そこに広がる夜の闇には、朧気な月と瞬くことを忘れた星が些細な光でもって、ユウの道を照らしていた。
「帰りたくないな……」
胸が苦しくて、もうよく分からなくて、それなのに焦がれる程にカイトに会いたいと思ってしまう。今だに消えない気持ち。
だから帰りたくない。これ以上サクを貶めるような気持ちを抱きたくない。自分勝手なのは誰に言われるまでもなく、だけど家に帰れば自分の片割れがいて、いつものように笑って迎えてくれる。
こんな自分勝手な女にも、心から笑って、欲しい笑顔を与えてくれるから。カイトに会うことで、ますますサクを裏切ることになる。
でもそれは、カイトのせいでもなく、もちろんサクのせいでもないから、ユウはさっぱりした夏の夜にも冬の空に垂れ込めた暗雲のような気持ちで家路を辿る。
全て自分で選んだ道なのだ。カイトから逃げたのも、サクに飛び込めないのも。この血にいつまでも縛られたままなのも。