<30>擦れ違い
声も出さずに小さな肩を震わせ、悲しい表情はそのままでぽろぽろと頬を伝う涙。
ユウが泣いている。
どうしてこうも泣かせてしまうのだろう。もしかして、今までも気付かず泣かせていた事があるのだろうか。
後悔と不安の入り混じった面でユウを見つめるカイトは、ユウの透明な涙に痛い程動揺していた。
きっと何かを誤解していて、それが泣く程辛いという事は理解した。そして幸いな事に、昨日の愚行がバレていないという事も。
それだったら、話しは早い。ただ誤解を解けばいいだけ。
なのに、ユウの涙に妙に胸がざわついて、息苦しいし、胸苦しい。
好き過ぎて自分の感情のコントロールなんて、とてもじゃないけど舵を取れない。
締め付けられる気持ちに溜まらず、情動に任せてカイトはユウを抱き寄せた。耳元で、ユウの息を呑む音が聞こえた。
「ごめん。どうしていいか、分からないから。もう泣かないで。俺……何かした? ユウが怒るようなこととか、傷付くようなこと」
ユウにだけ、聞こえるような囁き声。甘やかすように、宥めるように、右手でそっと何度も何度も髪を撫でる。同じ洗髪剤を使っているにも関わらず、ユウにしっくりくる程の甘やかな香りに心拍数が急上昇するのが分かり、心持ち焦った。
やばい、このままじゃ歯止めが利かなくなりそうで。
カイトは理性を総動員して、自分の中の欲を抑えこみ、それを悟られまいとユウの反応に全神経を集中させた。
腕の中で小さく身じろぐユウを、もっと強く抱き締めた。
「……ずるい。いつもずるいよカイトは」
胸の辺りから、くぐもった声。
「昨日、マリちゃんにカイトが好きって言われた」
抱き込んだユウの肩が小刻みに震えている。
「それで、俺のこと避けてたわけ?」
小さい頭が左右に揺れる。
「違う。話……聞こえた?」
やっと合点がいった。そういうことか、とカイトは鼻から息を吐く。要するに聞かれてはまずい話を聞かれたと誤解していたのだろう。
早とちり。
それで勝手に避けて、泣いて、怒って、振り回されっ放しなのに世話が焼けるのに、胸いっぱいにユウへの愛しさが広がっていく。
そして、不安だった気持ちがシュンと萎えて、安堵感から腕に込めていた力を抜き、ユウの泣き顔を覗き込み、
「話なんて聞いてない。だいたい俺が駆け付けた途端に、ユウが逃げたんだろ」
「……本当に聞こえてない?」
「嘘ついてどうすんの」
「うん……だけど」
「そんなにまずい話? ていうか俺、正直マリとは付き合うとか、そういう気ないから」
カイトは正直に告げる。
ユウのことが好きだから、他の子と付き合うとか、そんなことはもう考えられないから。姉とか他人とか、そんなこともうどうでもよくって、ユウがユウだからこんなにも惹かれてる。
だから他の人と付き合うなんて出来っこない。
そんな想いに駆られて思わず腕の中のユウをきつく抱き締めた。
「ねえユウ。約束して。絶対に俺のこと避けないって。その代わり、ユウが聞くなと言えば何も聞かないし、知られたくないと思ったら知ろうとしない。知ってたって知らないでいて欲しいと思えば、俺はその事実ですら曲げてあげるよ。だから、俺の傍からいなくならないで」
こんなにも好きだから。愛しくて胸が張り裂けそうだから。その姿をこの眼で逐一確認しないと不安定に、その姿を追い求めてしまう。
自分でもびっくりするくらい、愁然たる面もちに声。悔しいし、切ないし、情けないけどカイトの隠しきれない本音。
もうマリとのやり取りの内容なんて、どうだっていい。気にならないといえば嘘になる。けれどそれをユウが隠し通したいと言うのであれば、そのようにする。
避けられるより、知らない方がマシだと思う。
この場所に納められている多くの書物たちの言葉を借りたって、表現し切れない程に――もう、ユウしかいらないから。世界で一番大切な片割れであって、大事な人。
だから、お願い――「うん」と言って。
切なる想いで、カイトの瞳が揺れていた。