<29>擦れ違い
走って、走って、やっと見つけた。
ほっそりとした後ろ姿。佇む背中に無性に愛しさが込み上げて来る。
カイトは上がった息を整えながら、ユウの他に誰もいない図書室の入り口で、ユウの後ろ姿を暫し見詰めていた。
まさか、図書室なんて、と思いながら来たのだ。それほどまでに図書室は二人には縁遠い場所だったりする。
呼吸が落ち着いて、カイトが一歩中に踏み出した直後、背中を見せていたユウが不意にこちらを振り返った。
咄嗟にカイトは「ユウ」と呼び掛けようとして、そして、押し黙った。あまりに、動揺したユウの表情に、怯えるようなその雰囲気に――ああ、やっぱりばれてしまってたんだ! それをカイトの全神経が認識し、体中を強張らせた。
諦めないと決めたのに、今更何を恐がるのだろう。
この期に及んで、嫌われたくないなんて――
二人して固まったまま、重い沈黙。重みに潰されてしまいそうな程の、凄く長く感じられる空間は、以外に短かったのかもしれないけれど。
「ユウ」
カイトが声を掛けたのと、ユウが弾かれたように踵を返したのはほぼ同時。
入り口にカイトがいるので、ユウは本棚の羅列する迷路に逃げ込む。それを、カイトが追う。
見つけてまで、追いかけっこなのだ。
それでも、もう、ユウを追い続けると決めたから。逃げられても、避けられても、拒絶されようとも。だから強張る身体に叱咤して、びびる心に檄を飛ばす。
いつまでだって追ってやる。
「待って、ユウ!!」
後少しで手が届く、というところで、ユウはひょいと身軽に棚と棚の隙間を縫うように、カイトの手をすり抜けていく。ユウが入り口に向かわないように配慮しながら、奥へ奥へと追って行く。
後少しでユウに触れる事が出来る。
何だか切ない気持ちに急き立てられるように、胸の鼓動は早鐘を打ち、カイトの中はユウで満たされる。
もう、ユウの事しか見えないし、ユウの事しか考えられなくて。
だから、もう、この気持ちに蓋をするのも止めにするし、気付かないフリも止める。だって、欲しいものは欲しいから。
一度踏ん切りをつけてしまえば、カイトはそう簡単には諦めない。思いっ切り手を伸ばして、ユウの逃げる右手を掴んだ。
「ユウ! 待てって! 何で逃げんの?」
肩で息をするユウは、黙って俯いたまま。
その表情が量れなくて。
「ねぇ、ユウ黙ってないで。こっち見て」
あまりの反応のなさに、カイトの中に不安と苛立ちが頭を擡げる。
既に、嫌われて軽蔑されたか――不安。それに答えてくれない、苛立ち。もどかしさ。
溢れかえる感情に翻弄されそうで、カイトはそれを振り払うかのように空いている手で髪を掻き上げた。
「ごめん、昨日の事は謝るから。お願いだから、こっち見て」
びくりと、ユウの肩が反応する。
「昨日の事って……やっぱり知ってるんだ……」
その声はとても小さくてカイトには届かなかった。聞き逃してしまったカイトは、ハッとしてユウを掴む手に力を込めた。
「何、もう一度言って?」
「気持ち悪いって、思ったんでしょ? そんなのおかしいって!」
「待って、ユウ、何の……」
「何で話濁そうとするの? 正直に言えばいいじゃない!」
一体何のことを言っているのか、おかしい、話が噛合わない? と、訝しんだ時にはユウを掴んだ手は振り解かれていた。訳が分からぬまま、それでも震えるユウの肩に手を置こうとしたカイトはユウの頬を伝う涙に一瞬にして身体の自由を奪われてしまった。所在無げに浮いた手を戻す事も、進める事も出来ない程に。
また、泣かせたのか――
もう諦めないし、誤魔化さないと決意した気持ちが、突如不安に包み込まれる。自分が傍にいることが、気持ちを隠さないことが、もしかしたら今まで以上にユウを泣かせることになるのかもしれないから。
その涙に揺れる。揺れて、途方に暮れそうな気持ちに灰色が注す。
だけども、兎に角今は、噛合わない話の誤解を解かなければ。
考えが纏まらない戸惑った表情でカイトはユウを見詰めていた。シンと静まり返った、たくさんの言葉たちがひっそりと眠るこの場所がひどく寂しく感じられる。その中でユウの涙だけが胸を締め付けた。