<26>嫉妬と誘惑
らしくない、とは思うもののなかなか踏ん切りがつかなくて落ち着かなく部屋の中をうろうろしていたら、湯気の立っていた紅茶もいつの間にか冷めてしまった。
これ以上冷めても困ると、意を決して隣の部屋の扉の前に立って、暫し数分。
いい加減自分が情けなくなってきて、カイトは息を大きく吸って強張った手でユウの部屋をノックした。
小さいノック。何の返事もなくて、もう一度。
それでも返事がなくて、カイトはそっと部屋の中を窺うように扉を開けてみる。照明の落された暗い部屋の中、ベッドの膨らみからそこにユウがいるのが分かった。
「寝てたのか……」
なんだか少しホッとして、カイトはユウの為の紅茶をそっと机の上に置いた。きっと、起きた頃には冷たくなってしまうだろうけれど。ユウの為に持って来たのだから、その証を残しておきたくて。
それは、いつでも気に掛けているって意味合いが含まれてはいるけれど、気付いて欲しいか欲しくないかは別で。
小さく絞られた照明の薄暗さに目が慣れてきて、カイトはそっと眠るユウの横に立った。
無造作に広がったさらさらの髪に、色艶のいい唇。しっかりと閉じられた瞳の上に血色のいい目蓋。その下に薄っすらと浮ぶ涙の痕。
思わず、手を伸ばして、はっとする。伸びた指先がなぞろうとしていたのはもちろん涙の痕。
やっぱり、マリとも何かあったんだ。
と、重たい溜め息と共に行き場のなくなった手で自身の頭を掻き回す。
独りで泣かせるなんて、まじで自己嫌悪だ。
カイトは自分の気持ちにどんどん余裕が無くなっていくから意気消沈気味になる。
ユウの寝顔を見ながら思うことはいろいろあって、やっぱり可愛いなだとか、どうして巧い事物事が進まないんだろうとか、キスしたいだとか。
だけど、それの内どれか一つでも打ち明ける勇気はなくて。ほろ苦いを遥かに超越した想いを常に抱いているのだから、恋煩いからそのまま病気になりそうな勢いだ。
締め付けられる想いとは裏腹に、視線は無意識にある一定に固定されてしまう。口紅もグロスも取れてしまっている唇。それなのに、何故か艶めいていてカイトはどきりとする。
連想されるのは今日見たキスシーン。
「……なんで、双子なんだよ……」
ぼそりと漏れた言葉は口の中に苦味を広げて。
こうやって上から見ていて、現状を考えると、もうどうでもいいような気もして来て。だって、現実は柵が多すぎるから。姉弟だとか、道徳だとか、モラルだとか。もう、考えるのに疲れてしまう。
このまま落ちて行ってしまえれば、とは思うのに、それを実行に移すことが出来なのは、自分の思いを知ったユウに拒絶されるのが耐えられないからで。
いつからこんなに想う様になったのか、自分でもはっきりは分からない。けれど、何時の間にか、その想いはコントロールするのが難しい程膨らんでしまったから、伝える事が出来ないのなら耐えるしかない。
愁然たる面持ちでカイトはユウの髪の一束を手にする。
その一本一本が愛しくて。
規則正しい寝息を耳にし、確り眠っている事を確認する。先程からちらつくキスシーン――
自分は一体何をしようとしているのだろう、と頭の冷静な部分でもう一人の自分が傍観しているのが分かる。それなのに、止めないのは何故だろう、止まらないのは何故だろう。
妙に冷静な中、とっくに嫉妬と誘惑に囚われたカイトは自制だけが利かなくなっていたのに気付いてはいなくそっと、唇を重ねた。
重なった一瞬――
感じたのは罪悪感に背徳感。そして、それ以上の切ない幸福感。
たった数秒、けれど、この一瞬だけは確かにユウはカイトのものだった。