<23>交差する思い色
「ユウ先輩。カイト先輩の事どう思ってるんですか?」
その質問の意味を理解する前に、一瞬で頬が上気するのが分かった。思考より先に反応する身体は時として、心より正直だったりするから。
どう思っているんですか?
と、聞かれて何と答えればいいのだろう。何て答えれば納得するのか。そして、何で上気する程に心が騒ぐのか。これじゃあ、誤魔化しが利かなくなってしまう。
そう思ってユウは自分の気持ちに呆気に取られる。
誤魔化しって、何を誤魔化したいの?
「ユウ先輩? やっぱりカイト先輩の事……」
「だ、大事な弟だと思ってるけど、それが何?」
頬を赤らめて、上擦って言う科白じゃないな、とユウは心中ひとりごちる。カイトの事になると、こんなにも自分をコントロール出来なくなってしまうのは、やっぱりそういう事なのかもしれない。
マリの事が気に入らないのも、カイトの言動に翻弄されてしまうのも。
「本当に弟だと思ってます? 本当に姉弟だけの気持ちだったら、あたしがカイト先輩と付き合っても問題ないですよね?」
下から目を光らせるマリにユウはきつく睨み返す。
この、人を試すような処が余計に癇に障るのだからマリは性質が悪い。
「問題大有りだから!! 付き合う付き合わないは、カイトが決める事!! だけど、その前にあたしが認めた子じゃなきゃダメって決まってるんだから!」
「……は? 何言ってるんですか?」
「何って、今言った通りだけど!」
徐々にヒートアップしていきそうなやり取り。また、映画館の時の様になりそうな雰囲気が漂い始めて、ユウは内心ひやひやする。
「なんでユウ先輩が、カイト先輩の付き合う人をはじめに選ぶ必要があるんですか? まったく意味が理解出来ない!」
「そんなのあなたには関係ないでしょ! あたしとカイトがそれで納得しているんだから、口出ししないでよ!」
「じゃあ、あたしを認めて下さい!!」
「何でよ!?」
今にも跳び付いて来そうな勢いで食って掛かって来るマリに、負けじとユウも張り合う。
カイトとの約束と言っても本人が覚えているかどうかも分からないような曖昧な約束だけど、二人の約束をタテに少しでも有利になりたくて。それは立場も心の位置も。
こんな気持ちになるのはカイトだけだから、誰にも渡したくないって思ってしまうのも仕方がないから。
半ば開き直ってでもユウはマリに勝たなければならない。
「……分かりました。本当はやっぱりカイト先輩の事、好きなんですよね? 弟なのに!」
「……! そ、そんな事、一言も言ってないじゃない!! 勘違いしないでよ!!」
こんなに赤面して、否定してもそれは肯定にしか見えなくて、ますます一層焦る。焦るからまた体温が上昇して赤面。結局、悪循環。
「信じられない! 自分の弟にそんな感情抱くなんて!! 気持ち悪い!!」
気持ち悪い――
昇降口に響き渡るマリの声。
そんな事、言われなくたってちゃんと分かっているのに。他人に言われると、自分で思ってる以上にショックが大きいなんて。ただ、カイトが大事でそれだけなのに、そう思う事自体が醜態を晒しているかの様な言われ方。
上昇していた身体の先から急激に冷えが駆け上って来て、小刻みに手足を震わす。引き攣った頬が否定の言葉を発する事さえも拒む。
「なに……やってんの?」
突然背後から聞こえた声は、あまりにも知り尽くしていて、聞き間違えようにも、それすら許されない相手。
一気に、血の気が引いた。
どうしよう、今の聞かれた?
今までのマリとのやり取りが走馬灯の様に頭の中を駆け巡る。
振り向くより前に、先に足が出ていた。その場にいる事なんて出来ないし、壊れた水道の様に溢れ出した涙をマリにもカイトにも見られたくなくて。
ユウは真相を確認する前にその場を駆け出していた。