<22>交差する思い色
鳩が豆鉄砲を食ったようという表現は、まさにこういう状況の事を言うのだろうな。
と、マユは大きな目をぱちくりとさせたまま、そんな事を思う。だから、暫くサクの顔から視線を逸らす事が出来ず凝視していた。
サクがマユに言った一言は頭を真っ白にして、思考力を奪ってしまう程威力は絶大で、瞬きをするのも忘れてしまう。
「もう一度言おうか?」
「や、もういいです」
あまりの沈黙の長さに、止まってしまった時間をサクが動かす。その申し出を片手を突き出して、マユは制止する。
カイトがユウを好きで、ユウがカイトを好き。
別に至って問題ないではないか。なぜなら、二人は家族だから。
じゃあ、こんなにも言葉に詰まってしまう原因はもちろんサクの言う恋愛感情をそれに当てはめて考えているからである。
家族愛ではなく、恋愛感情となれば、その想いの種類や質は大幅に違うし、簡単に受け止められるものではなくなってしまう。
幼い頃からの二人を知っているから尚更戸惑いも一層大きい。仲睦まじい二人だったけど、いつからかその想いは家族愛から発展してしまったのだろうか。過度な親密さは双子の特権であり、激しい依存だって家族愛から来ているものならおかしくない。
そう、今までは思っていたのだけれど。
だけどサクの言う様に恋愛感情にもそれは当てはまってしまうし、なんだかその方がしっくり来てしまうから。
だから、紡ぐ言葉が喉につかえて出て来ない。
ユウが好きなのはカイトで、カイトが好きなのはユウ?
「はじめは気のせいかとも思ったんだけどな。だって一般的に道徳的にも間違ってるし、そんなの。だけどユウちゃんがカイトを見てる目は、ただの家族愛にしては切なすぎるし、カイトだって不自然。そしたら、やっぱりそうなんだろうな……と」
サクの視線の先には、雪の降り積もる校庭。その瞳でユウとカイトを見ているのだろうか。その瞳に含まれる哀切に、なんだかマユまで切なくなってしまいそうで、慌ててサクから視線を逸らす。
「……でも、二人は姉弟なんだし」
「姉弟だから、それはない。って、言い切れると思う? 普通に考えればあり得ないけれどな。じゃあ、二人がお互いの気持ちを認めて受け入れてしまったら?」
サクの射抜く様な挑戦的な眼差しに、マユの心臓が飛び上がる。
そんな事になったら、どうすれば?
きっと幸せになんかなれっこない。周囲には奇異の目で見られ、不道徳と罵られ、祝福なんて誰からもされないのは目に見えている。
マユとしてはやっぱり幼馴染にはそんな思いはして欲しくないというのが本音。
「俺は認めない」
強い意志の籠った低い声。
いつもの陽気な口調はまったく垣間見る事の出来ない程、サクの真剣な声にマユは声を失う。
「俺は認めない」
自分の意志を奮い立たせるかの様で。
内に秘めたる想いは如何程だろうか。こんな事実が本当だったら、そう簡単には受け入れられないのに、自分の想い人が姉弟で想い合っているなんて。殊更、気持ちは複雑だろうなとマユは思う。
思うけれど、正直今は自分の考えを纏めるのに精一杯で、気の利いた事は言えそうになくて――
「じゃあ、俺行くわ。俺が本気だって事、ちゃんと分かってくれたデショ?」
最後に見せた笑みが少し弱々しくて、それでも十分に気持ちは伝わって来た。
小さく頷くと、サクはにこりとしそのまま教室を後にした。
残された教室に一人。静寂の中に自分の鼓動だけが響いている様で。
あまりの衝撃の大きさに、しばらくそこを動く事が出来なかった。
――本当の好きって、どんなだろう?
以前のユウの声が何処かから聞こえた様な気がした。