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LOVE OF BLOOD  作者: hisa
18/56

<18>君を想う夜

 ――ほんとはユウと映画が見たかったから。

 と言われて、沈んでいた心が一気に舞い上がった。

 ――あんまり押しが強すぎてそのまま押し切られた。

 と聞いて、心の底から安堵した。


 自分で思っていた程、事態はそんなに深刻ではなかった事をユウは知って漸く一安心。やっぱり、「らしい」の魔力に囚われてしまったのが一番の原因だったのではないだろうか。

 ユウとカイトは違うクラスだから、マリが通い詰めていたのかは分からないけれど、正直あの子なら有り得る話だと納得出来る。それに、カイトが嘘を吐くとは思えない。

 約束した挙句ユウを誘った理由との辻褄はまったく合わないけれど、自分が思っていた事と同じ事をカイトが思ってくれていた事に舞い上がってしまった頭では、そんな矛盾や辻褄はどうでも良くなってしまった。カイトと映画に行きたいと思っていたのは、自分だったのに。まさかカイトも思っていたなんて、正直驚きで疑問でもある。

 それにマリが無理やり誘ったのだったら、カイトはマリの事を今はこれっぽっちも何とも思ってはいないのだろう。もうそれが分かっただけで満足だというのに。


 たった一言で、冷えた心も身体も熱を発しそうな勢いで温まってしまう。カイトの言動全てに翻弄されて、上がったり下がったのテンションは保つのが難し過ぎる。今日一日で何回アップ・ダウンしたのかと、諦めに似た溜め息をユウは吐いた。


「ごめんな、ユウ?」


 思案して黙り込んだユウがまだ怒っていると思ったのか、前からカイトの困った不安色を含んだ声がした。

 カイトが漕ぐ自転車は、緩やかな上り坂から唯の坂に変わって進むスピードが大分遅くなっていた。その上、ユウを乗せているものだから少し息も上がっているかもしれない。ユウはそっと自転車から降りてカイトの隣に並んだ。


「もう、いいよ。そういう事なんでしょ?」


 そんな優しい目で見上げてくるから、カイトは一層申し訳なくって胸が鷲掴みにされる思いでこくんと頷いた。

 そこからは自転車を二人で黙って押して、坂の上まで歩く。お互い思う処があるのだろうし、嫌な沈黙ではなかったからユウもそのまま押し黙って坂を上る。初めて通る道で何処に繋がっているのか分からず、カイトが何処に行こうとしているのか少し楽しみだったりする。

 周囲は鬱蒼と生い茂る木々に囲まれているから坂の天辺は公園とかかな、と想像してみるのも楽しかったりして。つい先程まで、考える事を放棄していたのと同じ頭とは思えない程フル回転。

 カイトの一挙一動でユウの心を生かすも殺すも自由な辺り、相当きてる。そろそろ依存だけで片付けられなくなりそうで正直自分が怖い。


「怖い……」

「え? 何が?」


 ぽつりと呟いた一言は、自分の事から連想し不意に認知した周囲の事。よくよく見てみれば、とっぷり暮れたお日様の替わりに少し頼りないお月様が周囲をほんのり照らしてはいるけれど、それだけでは灯りが足りなくて鬱蒼と聳える木々が不気味に見える。


「何か、この道不気味じゃない?」

「そう? でも後少しで着くから大丈夫だよ。帰りは下り坂だから、びゅんと降れちゃうし!」

「カイトって楽天家だから、こういう不安ってないんだろうね……」

「何だよ、それ」


 姉の一言に拗ねてみたり。

 何だかんだとしている中に、気が付けば天辺だ。


「ここに、自転車置いてくの?」

「そう、ここからは歩いて直ぐだから」


 大きな公園が目の前に広がる。木製のベンチが点々と設置されたその公園は仄かな街灯と月明かりに照らされ静寂の中でも、自然と怖さはなかった。

 先を歩くカイトの背中に着いて行く。そんなに進む事無くその目的地には着いた。


「ほら、ここ!」


 公園の周りに張り巡らされた背の低い木製の柵を跨ぎ、目の前に広がる光景を目にし声にならない声で感嘆した。


「……!」


 公園は小高い丘になっていた様で、ユウの目前に広がるのは街の夜景。街に灯る一つ一つの明かりがきらきらと揺れていて、とても幻想的。色んな色の灯りが冷え渡った空気の中澄んでとても綺麗だった。

 だけども、一番感動したのはそれだけじゃなく。


「凄い……! クリスマスツリーみたい!」


 夜景の前に、自分たちの前に一本の大きな木。もみの木ではもちろんないのだけれど、葉と葉の間から夜景の灯りが零れ見えていて、とても大きなクリスマスツリーの様で綺麗。

 葉の間からきらきら揺れる灯りが、不思議でとても幻想的だった。

 赤、黄、青、緑――

 息をするのも忘れそうな景物。

 自然と文明の織り成す美の饗宴に感動して胸が詰まった。

 隣のカイトを思わず見上げると、そこに優しい双眸がユウを見下ろしていた。


「ね? 綺麗でしょ? 怖いけどあの坂登って良かったって思えるでしょ」

「うん! 凄い綺麗。こんなの見たことないよ……」


 ユウはほうっと小さく息を吐く。目の前の光景は余りに綺麗で、壮大な感じで今日一日自分が悩んでいた事が余りにちっぽけで笑えてくる。この瞬間をカイトと一緒にいられる事がこの上なく幸せだ。


 そして、感動するユウの表情をみてカイトは優しく微笑む。夜景の灯りがユウの瞳に反射して、きらきらと輝く。自然のクリスマスツリー以上に綺麗だと思った。

 ここを見つけた時、真っ先にユウを連れて来ようと思ったのは他の誰よりも真っ先にユウの顔が浮んだから。


「クリスマスまで、もう後少しあるけど」

「クリスマスの日、晴れるかな?」

「晴れるといいな」

「そしたら、またここに来たい!」

「雨が降らなかったらね」


 ユウが喜ぶのなら、何度だってここへ連れてくるし、何処へだって行く。

 ユウが喜んでくれれば、カイトだってこの上なく嬉しいのだから。

 思わず獲得出来たクリスマスの予定。ユウがまだ特定の誰かと予定を入れてなかった事にホッとし、その隣を今年も自分が確保できた事を神様に感謝。

 聖なる夜に、ここに来れる様に。

 聖なる夜に、一緒にいられますように。


 ――帰ったらテルテル坊主を作ろう。

 

 

 


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