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LOVE OF BLOOD  作者: hisa
17/56

<17>君を想う黄昏時

 冬の日暮れは恐ろしく早い。夕方になれば、あっと言う間に明るかったお日様は傾き始め、気が付けば山の向こうに沈んでしまう。秋の夕焼けは綺麗なのに、空気が冷たくなったこの季節の夕暮れはなんだか物凄く物悲しい気持ちになってしまう。

 身も寒ければ、心まで寒くなってしまう冬。人肌恋しくなってしまう要素があるのは、冬の寒さだけじゃなくて色んな処に潜んでいるのではないかとユウは思う。冷たくなった手を誰かが温めてくれたら、それだけで心も温かくなる、そんな瞬間に実は寒かったのは手だけじゃなかったと言う事に気が付いたり。

 そんな存在がいれば、寒い冬も暖かく過ごせると思う。その相手にカイトは誰を選ぶのだろう?


「ユウ? 寒くない?」

「寒いけど、平気。でも、平気じゃない」


 平気じゃないのは、心の方だけれど。

 映画館に向かう行きの自転車は、幸せの振動を運んで来たのに、帰りの振動はユウの心の鏡のようで、ガタガタとただの振動しか伝えない。

 久々にぐったりとした倦怠感を伴って疲れたと体が訴えている。小さくほうっと息を吐くと、白い息が夕暮れに消えていった。


「これ、しとけよ。もう少しだからこれで我慢して」


 前から放られたのはカイトがしていた白いマフラーだった。落さないように受け取りながら、自分の首に巻きつけてそこに顔を埋めると、カイトの香りに包まれてささくれ立った気持ちが少し楽になった。

 世界で一番鎮静効果がある匂い、それでもって幸せな気持ちも運んでくる。双子って、こんなに精神依存するものなのだろうか、考えるけれどそれ以上先は頭が考える事を拒否してしまう。

 もやもやした気持ちは夕焼けにくれてやって、ユウは自分が被っていたニット帽をカイトの頭に勢い良く無理やり被せた。驚いたカイトが自転車のバランスを崩してよろける。


「危ない、ユウ! てゆーか、帽子取ったら意味ないじゃん! 自分で被っとけって」

「いい。カイトに貸してあげる」


 背中に当てられた手が感触的な事じゃなく擽ったくて、与えられた帽子の暖かさに思わず笑みが零れてしまう。後ろにいる、姉に謝らなければならない事がある。こんな優しさに浮き立ってる場合じゃない心を叱咤して、緩んだ表情を引き締めた。


「今日はごめん」


 後ろは見ずに、ただ真っ直ぐ前を向いて告げた。

 たった一言だけど、本当に申し訳ないと、気持ちは十分に声音に篭っている。今、ユウはどんな顔をしているのだろう。

 少しだけ、ユウの顔が見えない事にカイトは安堵する。辛苦に歪んだ顔をしていたら、自分が抑えられなくなりそうで。怖かった。

 少しの沈黙の後に、背中に添えられた手に力が篭る。


「あたしは、何にも知らなかった」

「うん。ごめん」

「あの子と約束してたのに……」

「うん」

「どうして……」


 ユウの疑問には全て答えるつもりでいたから、カイトは言い訳はしないと決めていた。

 ――どうして、の後に言葉が続かないユウの言いたい事が分かるから、カイトは正直に伝えた。


「ほんとはユウと映画が見たかったから」

「……それって、あの子と何の関係もないじゃない?」

「そう、何も関係ねぇな」

「だったらどうして、映画に行く約束なんかしたの?」


 そこでカイトはグッと詰まる。全て答えるつもりでいたのは嘘じゃない。でも、そうなった因果を話せば芋蔓式に、渡り廊下でユウとサクを見ていた事も話さなければいけなくなってしまう。その後、ユウを探したことも、泣いていた原因がサクとの遣り取りにあるんだろうなと勘付いていた事も、何も知らないユウが気付いてしまう。

 あの時ユウは、泣いてる理由を言わなかった。それは、話したくないからと言うのは明らかで、そうなった因果の一端をカイトが何となくでも知っていたらそれは不本意だと思う。泣いていた理由が知りたくないと言えば嘘になるが、あの時ちゃんと約束をしたのだから。言いたくなったら言うって。

 どうしても、その約束を尊重したいから。


「毎日、教室まで押し掛けられて。あんまり毎日で断り切れなかった」

「……毎日って……」

「うん、毎日。休憩時間や昼休みや放課後や。あんまり押しが強すぎてそのまま押し切られた」


 カイトは眉間に皺を寄せ、自転車をゆっくり漕ぐ。緩やかな上り坂に差し掛かり漕ぐ足に力を入れた。

 毎日マリが押し掛けて来ていたのは、嘘ではなかった。ただ、少し始めの切っ掛けを省いただけ。だから、嘘ではない。これ以上無駄にユウに嫌な思いをさせたくなかったから、この際隠し事の一つや二つは見逃して欲しい。


「うん……分かった。何だか、腑に落ちない点がある様な気がするけど、それで納得しとく。でも、あの子も一緒だったなら始めに言ってくれれば良かったのに!」

「ほんとごめん。言ったらユウ来ないかと思って」


 長い息を吐き出して、少し声音の大きくなったユウの一言にホッとする。嘘は言ってないけれど、隠したい事実がそこにあったから。

 黙ってる事があって、少し後ろめたいのは否めないけれども、ユウと一緒に映画を見たかったのは紛れも無い事実だし、マリに執拗に迫られて押し切られたのも紛れも無い事実だ。

 今回の事に関しては全てに置いて自分に非があるから、それ位は耐えなければ。


 背中に添えられた手が暖かくて、先程まで篭っていた力が抜けている事にカイトの心は一杯になる。何時の間にかとっぷりと暮れた夕闇に、声にならない声でもう一度ごめんと呟いた。


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