<15>許せる範囲
真っ暗な暗闇の中で、目の前に広がる大きなスクリーンに、大音響で迫り来る迫力の音。
だけど意識がそれらに集中できない原因と理由は、自分の腰掛ける座席の隣とまたその隣だったりする。一個飛ばして隣の要注意人物――マリ。映画が始まって、もう半分くらいまでストーリーは進み、話は大分盛り上がりをみせているというのに、ユウはマリとの小一時間前の遣り取りに囚われて映画なんて右から左へ素通りで。それはまた、聴覚だけではなく、それらを捕らえる視覚ですら何の機能も果たさなかった。
それほどまでに、不愉快でそしてショックは大きかった。
だって、こんな子今までに見た事ない。
それまで、ユウの周りを取り囲む環境や友人たちに恵まれていただけと言ってしまえば、それまでなのだが。
正直、衝撃が大き過ぎた。
そして、隣に座るもっと心を掻き乱す存在――カイト。何で、マリとの約束にユウを連れて来たのかも、それを黙っていたのかも、疑問符が飛び交うばかりで、ちっとも冷静になれない頭じゃなにも思い付かないけれど。
でも、悪気があってもなくても、何だか辛い。辛くて辛くて、心臓は潰されそうだし、頭は靄が掛かった様だし、スクリーンを映し出す瞳は霞んでよく見えないし。
もう、最悪。
鼻の奥がツンとする。溢れるのが涙なんて絶対に認めたくないのに。
具体的にどれが嫌で、何が嫌なのかももうよく分からなくて、そんなもどかしい気分が余計に拍車を掛ける。混乱した頭で、それでも思うのはカイトは絶対に渡したくないという事実。ユウは映画のスクリーンをキッと見据え、膝の上で拳を握り締めた。カイトの行動にも腹が立つけれど、それでもカイトの事を許せてしまうのは同じ血が濃く通う双子だから。
だから、そういう事にして、許してしまおう。
このまま縺れ縺れ喧嘩になるなんて、まっぴら。許してしまえる理由が他にあるなんて具体的に気付いてしまう前に、この血の所為にしてしまおう。
霞んだ涙を堪える為に、ユウは何度も瞬きをした。
だから、カイトは許せる。
そんな理屈は誰も通らないって反対したって、自分とカイトの中では正論だから。それでいい。どんなに悔しくっても、悲しくっても、カイトを嫌いになったり恨んだりなんてユウにはとても出来ないのだから。
納得出来ない事も多いけれど、自分がそうするしか出来ないのだから、それはカイトの所為ではないから仕方がない。けれども、マリだけは許せない。目上に対する無礼な態度とかじゃなくて、あのカイトを欲しがる剥き出しの感情。それを上手く操る狡賢さ。
ああ、本当にいや!
考えれば、考えるほどじっとなんかしていられなくて、今すぐにでも隣に座るカイトを引っ張って帰ってしまいたい衝動をユウはグッと我慢する。今更だけど、大人な態度で相手を撃沈させたいし、余裕のない姉だなんて思われたくないから。後々、不利になる様な行動は慎まなければ。マリになんか、カイトは絶対に渡さない。
そう、固く心に誓う。
隣のカイトをこっそり見上げれば、その瞳は真剣に映画のスクリーンに見入っている。本当は二人っきりで来たかったのにな、とユウはまた不覚にも涙ぐみそうになってこっそり浮んだ雫を拳で拭った。
このまま映画に見入ってて欲しいと思う。その優しい瞳が、自分を捉えてしまったら、堪えられる涙も堪えられなくなってしまうから。
だから、何も見ないで。
その優しい瞳で、マリなんか見ないで。きっと胸の深い深い処に隠した嫉妬心が隠しきれなくなってしまうから。
まだ、このままで居させて――
何時の間にか進んだ映画は、ラストシーンを迎えようとしていた。