<13>こんな現実
「俺、ジュース買って来るからそこで待ってて」
見たい映画のチケットを買って直ぐにカイトは売店の方へ行ってしまった。
映画館の端に羅列されている椅子にユウとマリは腰掛けていたが、微妙に嫌な空気が流れている気がしてユウはとても居心地が悪くてしょうがない。
お互いに警戒している様な。そんな、空気。
最初にその空気を破ったのは、マリだった。
しかも、大分棘のある言葉で。
「ユウ先輩。なんで来たんですか?」
「は?」
呆気に取られてユウはポカンと口を開けたままマリの顔を見た。一瞬咄嗟には何と言っているのか理解出来なかった。なんて事を言う子だろう、仮にも思い人の姉に向かって。しかも、マリは心底嫌悪感を抱いているのか眉間に深い皺が寄っている。
「普通いくら弟だからって、女の子と遊ぶのにわざわざ姉が付いてなんかこないですよ? わたし、結構がっかりだったんですけど」
オブラートに包む様子も見せない、マリの物言いにユウは顔と頭の同時に血が上って行く音が聞こえた気がした。
なんで、あたしが悪い事になってんのよ――
怒り心頭で、動悸が激しい。仮にも、ユウのが先輩だし、なんだこいつ。
「そりゃ、残念でした! カイトがあたしを誘ったって事はあなたの事なんかこれっぽちも何とも思ってないって事なんじゃない?」
勝気にユウ。もう、これでは売り言葉に買い言葉である。先程とは比べ物にならない程の張り詰めた空気。一触触発の睨み合い開始である。
若干背の高いユウの方が少しだけ上から見下げる角度で睨みを効かす。カイトが戻って来るまでが勝負だ、きっと。この子は絶対カイトが戻ってきたら猫を被るはずだから。
「よく、そんなひどい事言えますね。もとを糺せばユウ先輩が悪いんじゃないですか! 弟のデートに付いて来るなんて普通しないし!」
「だから、知らなかったって言ってるでしょう! あたしだってカイトに誘われたんだから」
「何それ、自慢ですか?!」
「は〜? もう、意味わかんないし。何が自慢なのよ」
「誘われた事に決まってるじゃないですか!」
なんて下らない口論なのだろうか。年下相手に激しくなるつもりはなかったのに、少し反発出来ない位に冷静沈着な態度で撃沈させたかったのに。
そんな自分の意思とは裏腹に熱くなる自分を抑える事が出来ない。だって、誰かにカイトを渡すのもいやなのに、こんな子には死んでも渡したくない。絶対に嫌だ。
「帰ってくださいよ、先輩」
「なんで、あなたに帰れなんていわれなきゃならないのよ? 嫌ならあなたが帰りなさいよ」
絶対に負けない。
固くユウは心に誓う。こんな子にカイトを渡すものかと。
「あたしが始めにカイト先輩と約束してたんだから絶対に帰りません」
「あたしはカイトに誘われたんだから、あたしだって帰らないわよ」
お互いに一歩も譲らない。交差した視線が激しく熱い。ユウは絶対に逸らすものかと、一段と眼力を込める。同じくマリも負けてはいなかったのだが。
とんだ、猫被り。
見た目が可愛いだけに質が悪い。これでは誰だって騙されてしまうとユウは心中ごちた。カイトだって、絶対に気付いていない筈である。どうやって、この子をカイトから遠ざければいいのか考えるが、普段温厚なユウには正直方法が思い当たらない。
心の中で盛大な溜め息を吐き、これからの事を考えると何だか泣けてくる。うんざりした気分でユウは早くカイトが戻って来る事を祈らずにはいられなかった。
口論から一歩も譲らない睨み合いへステージを移した二人は無言の第二ラウンドへ。勝敗はカイトが戻ってくる前に着くのだろうか?