<12>それが嫌な理由
こんなのってありなのだろうか。理不尽にも限度っていうものがあるのに、さすがに双子の大事な片割れと謂えども許せる事と許せない事がある、という事をユウはひしひしと身に感じていた。
眠い中、カイトに誘われ半ば有頂天で出掛けて来た自分への罰なのだろうか。それとも、そんなカイトへ過剰に依存してしまった自分への戒めか、はたまたそれは単に神様の意地悪なのか。
そんな事を顔中引き攣らせてユウは思う。
ニットの帽子を深く被り直し、不満一杯で渋面だ。
意気揚々と、カイトがペダルを漕ぐ自転車の後ろに跨り、自宅から十分程の距離にある映画館へやってきたまでは良かった。でこぼこ道のおかげで振動がお尻に響き、若干痛かったけど、そんな痛みにも幸せを見出せる程に。
知らずと鼻歌を口ずさむ程に。
それまでは、良かったのだ。
「あ、先輩! こんにちわ」
一瞬で頭が真っ白。
なんで、この子がここにいるのか本当に分からなかった。
映画館の駐輪場に自転車を停め、チケットを買う為に館内に入ろうとしたその時。マリが目の前にいた。偶然鉢合わせしただけだと始めは思ったのだ。それだけでも、この間の渡り廊下から見たカイトとマリの和やかな様子を思い出し、裡の中は穏やかではなかった。併せて思い出したくない事まで思い出し、先程まで煩いほどに賑やいでいた胸の内が、重石を乗せられたかの様に沈んで行くのが分かった。
そして、とどめを刺したのはユウの中での絶対の存在。
「ごめん、待った? ユウも連れてきちゃったけどいい?」
「は、はい! ユウ先輩はじめまして。一年の相坂万里です」
「どぉも……カイトの姉のユウです……って知ってるよねぇ」
待ち合わせしてたなんて聞いてない。
これっぽっちも、聞いていない。依りによって、何故マリなのか。
ぐるぐると回る頭の中は、真っ白で働かないのにユウの心は素直であからさまに判る程意気消沈していた。
朝から一喜一憂忙しい。
どうにもこうにも恰好付かない返事と呆けた顔で、ユウはマリと挨拶を交わす。くりっとした大きな瞳が愛らしい小動物の様で、確かにかわいい。小さな顔に思わず触れてみたくなる柔らかそうな髪。
ユウは失礼な程マリを凝視して観察したが、余計に落ち込む要因しか見出せずがっくりと項垂れるしかない。
なんだって、家の弟は他人とのデートに姉を連れてくるのか。
さすがに以心伝心で知れる自信も湧いてこない。カイトは一体何を考えているんだろうと、ユウは隣に佇むカイトを訝しげに見上げたが、ユウの視線に気が付いたカイトは憎たらしい程の優しい笑みを返すばかりで、何かを考えている様には見えなかった。
何だか、ここまで来ると色々悩んでいる自分が莫迦らしくなり、逆に何も考えていなさそうな弟に腹が立つ。沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、ユウは二人に笑顔を向けたが確実にその目は笑ってはいなかった。
「マリ、見たいの決めたの?」
館内に張り出されている映画の時刻表と睨めっこしながら、カイトはマリに問う。マリは小首を傾げながら、
「これがいいです。カイト先輩はこれ、いや?」
「いや? 別にこれでいいけど」
そんなやり取りを後ろから眺め、ユウは何だかやり切れない思いと激しい怒りと悲しい気持ちの狭間でとても不愉快な気分で一杯だ。この空間に自分がいる必要性を感じない。きっとマリだってユウの事を邪魔に思ってるのは明らかなわけだし。だって、ユウだってそう思っている。
――邪魔?
なんで、邪魔だと思うのだろう。
ユウは口内に溜まった唾液をごくりと嚥下する。マリにとってユウが邪魔なのは、マリがカイトの事を好きだから。それは至って自然な事で不自然な事なんかこれっぽちも無い訳で。
じゃあ、ユウがマリを邪魔だと思う理由は?
出せない答えにユウは絶句するしかない。こんな感情馬鹿げてる、在り得ない感情に囚われて自分を見失ってるだけだ。これ以上は否定するしかなく、今のユウには拒否するしかない。だって、そんな勇気はないから。
カイトを独り占めにしたいと一瞬でも思ったなんて、何が何でも認められない――
この世から、独占欲なんて言葉が消えてしまえばいいのに。
心の底からユウは思った。