<11>知ってはいけない心
大きな電子音。光るディスプレイには見慣れたというより親しみのこもる文字。ちかちかと点滅する着信を知らせる小さなライトを、うっすらと開けた寝ぼけ眼で見つめる。そして、
「うるさい……」
余りの眠気にユウはそのまま電話を切って、携帯を掌に握り締めたまま再び幸せな眠りの森へ迷い込もうとした、その瞬間。
もう一度けたたましい電子音。早速、マナーモードにしていなかった事に後悔すれども時遅し。先程と同じ動作を繰り返し、今度は仕方なく大きな息を吐いて光る通話ボタンを押した。
「起きて、起きて! 寝過ぎだってばユウちゃん」
「う〜、今日学校休みなんだけどぉ……」
「だからって、こんなに寝てばっかいたらもったいないじゃん。出掛けようぜ。俺、映画観たい映画!」
「えいが……」
朝のユウは低血圧。そして対照的に朝から元気なカイト。双子の相違点である。いつまでも寝てるユウに携帯にて朝からこんなやりとりはざらだったりして。
でもでも、何よりそんな事よりユウの心を占めたのは、カイトの発した映画という単語。
映画というユウの中での認識は男女で行くデートコースの一環である。
小さい頃家族では一緒に行ったけれども、カイトと二人で映画館は行った事がないなと気が付いた。
何だか少し照れくさくてうっすらと上気した頬を枕に埋める。電話越しだからカイトには見えてないというのに。
「ユウ? 聞いてる? おーい、また寝ちゃったの?」
「ううん、聞いてる。準備するから待ってて」
瞼を擦りながらも、もうすでに眠気は遠く彼方まで飛んでいってしまっている。
どうしよう。カイトと映画だって――
「姉弟で映画って、別に普通か……」
何故か浮き立っている心を鎮めようと敢えて声に出してみる。少し、自嘲気味。
上半身を起こし捲った布団から暖かい温もりが逃げていく。冷たい外気に触れ、少し落ち着いて来たような気がした。
何で心が浮き立つのか。
どうして頬が熱くなるのか。
まだ、考えてはいけないような、認めてはいけない何か。そして、サクの一言が唐突に蘇る。
――ブラコン
「だから何よ、仲が悪いよりいいじゃない」
思い出して、ユウはいらいらと爪を噛んだ。気にしている事なのに、そんな簡単に他人に傷を抉られたくはなかった。ユウは気持ちを振り払う為大きく伸びをして、寝巻きのまま階下の洗面所に顔を洗いに降りた。
階段を降りるとリビングから賑やかな明るい笑い声がする。カナコとカイトの声が冷たい空気の張り詰めた廊下に賑やかに響いて和やかな雰囲気を醸し出す。ささくれ立った気持ちが少し和らぐ。
家族の明るい笑い声に軽くなった足取りでさっさと洗顔し、ユウも意気揚々とリビングに入って行った。
「おはようユウちゃん」
母、カナコが二児の母とは思えないあどけない笑顔で迎えてくれる。テーブルを挟んで向かいに座るカイトはユウが起きる遥か前から起きていた様で、身支度は完璧に済んでいた。
完璧な笑み。チクリとした痛みがユウの胸を締め付ける。
なんで――
なんでそんな優しい笑顔をするのだろう。
誰にでも、そんな顔をカイトはしているのだろうか。もし、しているのであれば、それさえも独り占めしたい衝動に駆られユウは焦る。だって、それはもう依存の一言では片付けられない。
この感情が表わす的確な表現を自分自身が見付けられないように、大事に大事に心の奥深くに仕舞い込む。それに気が付いてしまったら、この関係は終わってしまうから。
「ユウ、早く映画見に行こう?」
真夏の太陽の笑顔。
くしゃっと歪んだ端正な顔に浮ぶ笑窪。どれだけ、ユウの心を掻き乱せば気が済むのだろう。ユウはカイトの笑顔と対称的に追い詰められた小動物の様に引き攣った笑顔をカイトに返した。
心の奥の深い深い処に、本当の気持ちを隠して。
誰にも、自分にも知られないように――