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アンデッド・ビューティー ~死体令嬢は腐りたくないので、魔法とメイクで社交界の華になる~  作者: 伝福 翠人


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8/10

第8話:夕食会の招集状

 父が満面の笑みで部屋を去った後、リリアーナはベッドの縁に力なく沈み込んだ。


 


 ――夕食会。


 


 公爵家恒例の家族ディナー。病み上がりであろうと、領主である父が主催する以上、欠席は許されない。もしここで姿を見せなければ、「奇跡の生還」そのものが疑われてしまうだろう。


 だが、リリアーナにとって「食事」とは、完全なる自殺行為に他ならなかった。


 


 胃腸の働きが完全に停止している死体の腹に、有機物である食物を入れる。


 それはつまり、体内に腐敗の温床となるゴミを直に放り込むということだ。消化されることのない肉や野菜は、彼女の腹の中で凄まじい速度で腐り、内側からガスと異臭を発生させ、やがて美しい表皮を突き破ってウジ虫をわかせるだろう。


 


 想像しただけで、空っぽの腹部を虫が這い回るような強烈な錯覚に襲われ、背骨の関節が恐怖でガチガチと鳴った。


 


 食べずに乗り切るか? いや、父の監視の目でそれは不可能だ。


 食べて、腐るか? 論外である。


 


 絶望的な二択の前で、リリアーナの冷え切った脳髄が、ひとつの狂気的な閃きに到達した。


 


 ――体内(胃)に入らなければ腐らない。ならば、胃の代わりに食べ物を収容する『別の空間』を外付けしてしまえばいいのよ。


 


 彼女は硬直した足を引きずり、衣装箪笥の奥からいくつかの道具を引っ張り出した。


 野営用の、防水と防臭に優れた「魔獣の革で作られた水袋」。


 医療用の太く湾曲した縫い針と、強靭な絹糸。


 そして、先ほども使った高粘度の石粉パテ。


 


 ガウンを脱ぎ捨て、青白く変色した自身の腹部を見下ろす。


 ちょうどコルセットで隠れる位置。ここに、この水袋を「隠し袋」として物理的に接続するのだ。


 


 リリアーナは針に糸を通し、何の躊躇いもなく、自らの冷たい皮膚に鋭い切っ先を突き立てた。


 


 ブチッ。


 


 分厚い布地を貫くような、鈍い音が寝室に響く。


 痛覚は、まったくない。


 血も一滴すら流れない。ただ、針が肉を引き裂き、糸が通っていく摩擦の振動だけが、指先を通じて脳に伝わってくる。


 


 ブツッ、ギュッ。


 


 水袋の縁と、自分の腹部の皮を直接縫い合わせていく。


 傍から見れば、狂気に満ちた猟奇的な自傷行為にしか見えないだろう。だが、今のリリアーナにとって、これは「ドレスの仕立て直し」と何ら変わらない感覚だった。


 


 ――もう少し、右のラインを引き締めた方がコルセットの邪魔にならないわね。


 


 そんなことを考えながら、淡々と、しかし緻密に縫合を進める。


 袋の口が完全に上を向くように固定し、皮膚との接合部には石粉パテを厚く塗り込んで隙間を塞ぐ。仕上げに防腐魔法の魔力を流し込み、完璧な強度を持たせた。


 


 かくして、アンデッド専用の「外付けの胃袋」が完成した。


 


 リリアーナは、その上からコルセットを巻き付け、侍女の力を借りずとも限界まで紐を締め上げた。肺が潰れる心配などないため、生前よりも遥かに細く、完璧な砂時計型のシルエットが再構築される。


 


 上から豪奢なイブニングドレスを纏えば、腹部に袋が縫い付けられているなど、誰一人として気づかないだろう。


 


 完璧だ。


 リリアーナは必須装備となった羽根飾りの扇子を手に取り、優雅な足取りで自室を出た。


 


 目指すは、邸宅の1階にある大食堂。


 外見の準備は整った。だが、本当の戦いはこれからだ。今夜のミッションは「食べたものを決して喉の奥へ落とさず、気付かれずに腹部の隠し袋へと誘導シュートする」ことである。


 


 重厚な食堂の扉の前で立ち止まる。


 隙間から、極上の肉が焼ける匂いと、濃厚なソースの香りが漂ってきた。


 


 かつての彼女なら喜んだであろうその匂いは、今の彼女にとっては、ただの「いずれ腐る汚物の匂い」でしかない。


 


「……さあ、命懸けのディナーショーの始まりよ」


 


 リリアーナは扇子をバサァッ!と開き、関節の軋みをかき消しながら、覚悟と共に扉を開け放った。

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