表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンデッド・ビューティー ~死体令嬢は腐りたくないので、魔法とメイクで社交界の華になる~  作者: 伝福 翠人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話:死に顔は妥協できない

 死の瞬間、リリアーナ・ヴェルデが抱いた感情は、敬虔な祈りでも、未練による絶望でもなかった。


 


 ――嘘でしょう。こんな汚い顔で死ぬなんて、絶対に認められないわ。


 


 深夜の中央階段。


 三日後に控えた王宮舞踏会のため、一人でステップの確認をしていたのが災いした。


 ふわりと広がった最高級シルクの裾が、リリアーナの華奢な踵を裏切る。


 


 視界が上下に激しく揺れ、大理石の硬質な冷たさが幾度となく肌を打った。


 最後に、首の奥で小枝を折ったような、乾いた音が響く。


 


 パキリ。


 


 その直後、指先から急速に温度が奪われていくのを感じた。


 肺に溜まっていた熱い吐息が、無理やり外へと押し出される。


 


 踊り場に崩れ落ちたリリアーナの視界に、近くの長椅子に置き忘れていた手鏡が映り込んだ。


 


「……あ……あ……」


 


 喉を鳴らそうとしても、もはや声にはならない。


 鏡の中にいたのは、首が不自然な方向に折れ曲がり、白目を剥きかけ、あられもなく舌を突き出した、一匹の泥まみれの野良犬のような女だった。


 


 社交界の真珠と謳われた、リリアーナ・ヴェルデ。


 その成れの果てが、この・・・。


 


 恐怖よりも先に、猛烈な屈辱が全身を駆け抜けた。


 このままでは、明日の朝に発見された際、使用人たちに『リリアーナ様、死に顔がとてもブサイクでしたわね』と末代まで語り継がれてしまう。


 


 それだけは、死んでも死にきれない。


 


 リリアーナは、懐に隠し持っていた魔導書の一部を、震える指先で強く念じた。


 


 父の書斎から盗み出し、独学で読み解いていた禁断の美容術。


 その実態は、肉体を強制的に静止させる死霊術の断片。


 


 細胞のひとつひとつが、冷たい氷に閉じ込められていくような感覚が広がる。


 心臓が最後の一拍を、重く、鈍く打ち鳴らし――リリアーナの意識は暗転した。


 


     *


 


 小鳥のさえずりが、やけに遠く、不明瞭に響く。


 リリアーナは目を開けた。


 


 視界の端に、昨日脱ぎ捨てたはずの夜着が見える。


 どうやら無意識のうちに自室へ戻り、ベッドに潜り込んでいたらしい。


 


 起き上がろうとした瞬間、全身に凄まじい違和感があった。


 


 関節が、油の切れた古いからくり人形のように重い。


 ギギ、ギ……。


 骨と骨が直接擦れ合うような嫌な振動が脳に伝わる。


 


 それだけではない。


 どれだけ時間が経っても、一度も瞬きをしていない。


 眼球の表面がひりつくように乾燥し、視界の端に砂嵐のようなノイズが混じる。


 


 そして何より、胸元が、静止した湖面のように微塵も動いていなかった。


 


「……ッ」


 


 息を吸おうとして、絶望した。


 喉が、乾燥しきった革袋のように張り付いている。


 


 リリアーナは、転がるようにしてベッドから這い出した。


 這いずるたびに、肘や膝の関節から「パキパキ」と不吉な音が鳴る。


 ようやく辿り着いた化粧台。


 


 鏡を覗き込んだ彼女は、その場に凍りついた。


 


「…………ッ!!」


 


 そこにいたのは、生ける屍だった。


 昨夜の「最悪の死に顔」よりはマシだが、それでも惨憺たる有り様だ。


 


 肌は血の気を完全に失い、不健康を通り越して土気色に変色している。


 唇は紫色に濁り、あちこちに乾燥によるひび割れが見える。


 


 さらに最悪なことに、首にはどす黒い内出血の跡が、醜いネックレスのように一周していた。


 


 リリアーナは、乾いた空気が漏れるような音を喉から漏らした。


 


 これは「死」ではない。


 これは「美容上の致命的な欠陥」だ。


 


「……ふ……ふざけないで……」


 


 ようやく喉の奥から絞り出した声は、人間のものとは思えないほど掠れていた。


 だが、その瞳に宿る光だけは、死者とは思えないほどギラギラと燃え盛っている。


 


 震える手が、化粧台に並んだ油彩絵具のチューブと、石粉パテ、そして筆を掴む。


 


 死んで腐る暇などない。


 リリアーナ・ヴェルデは、完璧でなければならないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ