誰かに伝えたいショート・ショートがあるんだ──1話1分のアンソロジー
Kick the Can
ルール ~
「殺人ゲーム」このゲームは遊びである。
ただし、すでに一人が殺されている。
探偵は一人。犯人の顔は知らされない。
この場にいる全員が容疑者となる。
ゲーム時間は十五分。
探偵は疑わしい人物を捕まえることができる。
ただし、間違えた場合、それは冤罪と呼ばれ、残り時間を五分失う。
冤罪は取り消されない。
※本作は、謎解きの正解を提示するタイプのミステリーではありません。
俺の名前は――呼ばれても困るが、フィリップス・マルボーロウ、探偵だ。
目の前に広がるのは、公園。
運動場ほどの広さ。人の足音。ざわめき。微かな呼吸。
遊具の影。ベンチの裏。低木の茂み。
どこでも、隠れられる。
いや――違う。
顔は、知られていない。
人の中に立っているほうが、よほど安全だ。
横にあるのはジュースの缶。
ただの缶だが、今の俺の命綱でもある。
触れていれば安全。
離れれば、終わる。
単純でいい。助かる。
目を閉じる。
「……一、二、三……」
百まで数える間に、犯人は影を選ぶ。
近ければ、缶に届くのは早い。
だが、見つかる。
遠ければ安全だが、時間を食う。
分かってる。
分かってるつもりだ。
「……九十七、九十八、九十九、百」
目を開ける。
公園は、何事もなかったように息をしている。
葉が揺れ、鳥が鳴き、誰もが普通に見える。
――いる。
理由はない。
そう思っただけだ。
誰が犯人で、誰が無関係か。
まだ、何も分からない。
だが、分かる気はしている。
この手の勘は、だいたい当たらない。
缶に手を置く。
息を整える。
影が、動いた気がした。
たぶん、気のせいだ。
でも、気のせいだと思った瞬間が一番危ない。
俺は歩き出す。
一歩ずつ。
誰に声をかけるかを選ぶ。
選んでるつもりで、もう決まっている。
質問は一人一回。
答えは真実かもしれないし、嘘かもしれない。
正直、どっちでもいい。
外せば――取り返しがつかない。
分かってる。
だからこそ、急ぐ。
俺は、公園の端にある滑り台を目指した。
近い。
近いということは、分かりやすい。
分かりやすいのは、だいたい罠だ。
「おい」
声を張る。
「犯人は、何色の服を着てた?」
答えを聞きたいわけじゃない。
声の揺れで、誰が反応するかを見る。
……ということにしておく。
その瞬間、俺は走っていた。
理由はない。
足が先に決めた。
滑り台まで、数メートル。
人の間を抜け、茂みをかすめる。
缶が、頭をよぎる。
離れている。
思ったより遠い。
今さら気づく。
影が、揺れた。
今か?
違う気もする。
でも、今じゃない気もする。
つまり、分からない。
迷う暇はない。
というより、迷ってる暇が惜しい。
俺は踏み込む。
手を伸ばす。
「犯人は――おまえだぁ!」
掴んだ。
……違う。
相手は、怯えて後ずさるだけだった。
目が合った。
完全に、無関係な目だ。
外した。
空気が、重くなる。
――やっちまった。
判断が早すぎた。
勢いだけで行った。
分かってたのに、やった。
考える前に、身体が動く。
踵を返し、全力で戻る。
砂利が鳴る。
背中が、寒い。
今この瞬間、
誰かが缶へ向かっているかもしれない。
肺が焼ける。
心臓がうるさい。
蹴られたら、終わりだ。
缶が見えた。
あと数歩。
この数歩が、
さっきの判断より重い。
誰かが走り出したら?
誰かが角を曲がったら?
それだけで、全部終わる。
俺は最後の距離を踏み切り、
缶に、手を戻した。
世界が、止まる。
助かった。
……だが、遅れた。
一度の間違いで、
公園が、やけに広くなった。
息を整えながら、視線を走らせる。
もう、無駄は打てない。
……たぶん。
砂山のあたりで、視線を感じた。
直接じゃない。
でも、逃げる準備をしている目だ。
そう見えた。
そう見えただけかもしれない。
俺は、半身で距離を取る。
「なあ」
適当に、誰かに投げる。
「さっき、走ってなかったか?」
答えよりも、
その“向こう”を見る。
……ということにしておく。
砂が、崩れた。
影が、ずれた。
――いた。
今度は、考えない。
考えたら負けだ。
俺は、缶から手を離した。
走る。
風が耳を裂く。
砂が跳ねる。
影が、人混みを切る。
隠れるんじゃない。
消える動きだ。
慣れてる。
腹が立つほど。
五歩。
三歩。
影が、一瞬だけ減速する。
缶を見る。
狙ってる。
今、捕まえなきゃ終わりだ。
これは分かる。
これは本当だ。
足が、もつれた。
視界が、ひっくり返る。
地面に叩きつけられ、息が抜ける。
……最悪だ。
だが。
影が、止まった。
振り返った。
転んだ俺を、見た。
油断か。
同情か。
勝ったと思ったか。
どうでもいい。
止まった。
それだけで、十分だ。
俺は地面を蹴った。
低く、前に。
一直線に。
指先が、
相手の服を掴む。
転ぶ。
絡む。
砂が舞う。
俺は叫んだ。
「犯人は――おまえだぁ!!!」
時間が、止まる。
相手の身体が、固まる。
逃げるか。
認めるか。
それとも――。
その先は、まだ分からない。
砂まみれのまま、息を整える。
公園の向こうで、声が弾む。
“いろはにほへと……”
次のゲームが、始まる。
俺は立ち上がり、砂を払う。
勝ったかどうかは、どうでもいい。
ゲームは、続く。
誰が捕まえ、誰が逃げるか――それは、また次だ。
「……元気があれば、いい」
缶に、手が置かれた。




