喉が痛い時はできるだけ声を出さずに
はふう。やっと肝心なことが言えてスッキリしましたわ。
咳が止まらないと、言いたいことも言えなくてモヤモヤしますから。
「は、具合が悪いフリかい? 同情して欲しいのか」
あら、信じていないようね。
説明‥ 面倒だわ。
侍女をチラッと見てお願いと合図します。
「お嬢様は会話に差しさわりがありますのでわたくしから」
さすが私の専属侍女。分かっていますわ。
「そもそもあなた様がお嬢様の婚約者になられたいきさつですが、従妹様の看病に手馴れている方であれば病弱なお嬢様の伴侶も務まるのではないか、との旦那様の判断にございます」
私はうなずきます。
そうなのです。こんな体が弱い私では家を継げません。もう妹が婿を取ることは決定済みですが、妹は私の世話などしたくないと言っています。
しかし結婚して家を出るなら病人に慣れている方じゃないと務まりません。
せっかくお父様が選んだ方なのにメガネ違いでしたか。
「お嬢様の虚弱さはそちらの家には伝えてあったはずですが‥」
侍女に指摘されて、元婚約者様は顔を赤くされました。
「会う時はいつも元気そうにしていたじゃないか」
「前もって準備しておけば、その日は動けますから」
やっと私も発言できたわ。
「先ほど我慢しろとおっしゃいましたが、お嬢様が野外で我慢をしていましたらすぐ熱を出してしまわれます」
侍女のお客様への目つきは段々鋭くなります。
「お嬢様は普段家から出られません。ずっと楽しみにしていた外出日ですのに無下にするなんて!」
(代わりに怒ってくれてありがとう)
私は侍女に微笑みました。
自分で怒るのは疲れますから。
「ふん‥ 分かった、これからは君のことも気に掛ける。だから婚約解消なんてわがままを言うんじゃない」
謝っているようですが上から目線ね。
「大体病弱なら分かるだろう、病人に具合が悪くて心細いから側にいて欲しいと懇願されたら、普通断れないことくらい」
あくまで自分に非はないと。
「具合が悪い日を教えてくれたら見舞いに来る」
私は首をかしげました。
「それって、毎日ですよ? ほぼ」
「は? 今日は元気だろ? 咳をしていただけで」
侍女がお客様をギロリとにらみます。
「まさか‥ これのどこが元気ですと?」
侍女の視線に元婚約者様は怯えていますわ。
後一応、私は主人の娘なのでこれ呼ばわりはいけませんよ。
「まだ肌寒いくらいの天気で、こんなもっこもこに着こんだ令嬢を見たことありますか! 咳だって放置すればすぐ気管支炎を発症するし、何度肺炎で死にそうになったことか!」
彼は唖然としています。
気がつかなかったのかしら?
おしゃれは我慢と言いますが、私にとって我慢は病の元。
今日もセーターの上にカーディガンを二枚羽織ってひざ掛けもかけています。
ペチコートがウールなのは秘密。
「ああもう、分かった」
元婚約者様はテーブルの上に両手をさし出しました。
「?」
私が目線でたずねると顔をふくれさせます。
「手を握って、おしゃべりだろ?」
従妹さんとはいつもそうしているのかしら。
「咳の発作が懸念される場合、重要なのは話さないことです」
だから侍女が受け答えをしてくれるのよね。
「この間も私どもが見ていないスキに歌など歌って。はあ‥ 一晩中咳が止まらなかったりしたのですから」
う、バレていました? 冷や汗をかいてしまいますわ。
「じゃあ僕は何をすればいいんだ」
元婚約者様が憤慨します。
私と侍女は目を合わせました。
「お世話は助かるけど‥ 本当に苦しい時は一人きりで静かに寝たいわ」
「お嬢様が甘えてくるのは軽症の時だけですね」
侍女が顔を無表情に戻します。
「お嬢様の夫に求められるのは、体調を考慮して、そのつど症状にあった対処方を取られることです。医者を手配したり使用人を差配したり」
「そんなこと‥ 知らない」
「でしょうね、ですからお伝えします。今一番お嬢様が必要なのはお一人で休まれることです」
私は大きくうなずきました。
もう疲れちゃったわ。
寒いですね。これ書いていた時は熱かったのに今日はセーターの上にカーディガン二枚とポンチョを羽織っています。股引とズボンをはきその上からスカートをはきました。




