表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

エピローグ

 あれから、煙草の箱は空のままだった。どれだけ待っても、補充されなかったし、「彼女」の姿も二度と現れることはなかった。

 ある夜、なんとなくあのセブンスターの空箱を取り出してみた。朱色の走り書きは、時間の経過とともにさらにかすれ、今ではほとんど読めない。それでも、指先でなぞれば、確かにそこに誰かが何かを遺していった痕跡だけは感じられた。

 日常は何事もなかったかのように続いている。あの日からマスクを手放せなくなってしまったが。

 世界は、失われた一つを気にもとめず、ただ前に進んでいく。自分もまた、その流れに逆らえず生きている。

 けれどふとした瞬間に、誰かの後ろ姿を見かけるたび、心がざわつく。それはあの日見た“あの人”ではないかと、あり得ない希望に一瞬だけ身体が反応する。そして、違うとわかるたびに、自分の記憶もまた、煙のように少しずつ崩れていくのを感じる。

 名前すら知らない人のことを、果たして「忘れていない」と言えるのだろうか。いや、思い出したいと願い続けている限り、それは記憶と呼べるのかもしれない。

 ベランダに出ると、夜の空気が冷たく感じた。

 あの「キキョウ」の煙草の箱は、今も変わらず机の引き出しにしまってある。

 空のままで、何も語らず、ただそこにある。

 いつかもう一度、あの箱に何かが戻る日が来るのだろうか。

 ──あるいは、もう永遠に来ないのかもしれない。

 ただ一つ決めたのは、「晦様つごもりさま」の正体を必ず突き止めるということだ。

 何者なのか、なぜあんなものを遺していったのか、なぜ俺だったのか──答えはどこかにあるはずだ。

 記憶が薄れていくなら、その代わりに事実を掴みにいく。願いではなく、意志で手繰り寄せる。煙が晴れるその日まで、俺は歩みを止めない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ