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4. 栃木県日光市の黒瑪瑙鰻-2

栃木県日光市の西側、中禅寺湖。


かつては男体山を始めとする山々が湖を囲うように連なっていた。


そう、連なって”いた”。


今はもうない。



大異変により西側の山岳地帯は広大な草原へと変わった。


草は膝丈ほどの高さまで伸び、風が吹くたびに波がうねるように揺れる。


東側には巨大な活火山がそびえる。


空気は硫黄の匂いを帯び、夜になれば時折赤い溶岩の輝きが浮かび上がった。


湖周辺の気候も一変し、常に30度くらいある熱帯となった。


中禅寺湖自体も最早透明な水を湛える静かな湖ではなく、マングローブのように水面下で根を張る樹木が密集し、異様な生態系を持つ濁った湖と化していた。



現在この地域を支配するのは人間ではない。


半身半馬、上半身は人間で下半身は馬の姿を持つ、いわゆるケンタウロスという種族が統治している。


ケンタウロスと人間は同盟関係にあり、技術や資源の交流が行われる数少ない事例となっている。



人間側が同盟関係を受け入れた理由は単純だ。


元々僅かな人しか住んでいない山岳地帯だったため、奪還を叫ぶ者がほぼいなかったからである。


そんな場所を取り返すためにどれだけ血を流すつもりなのかと言われれば、強固に抵抗する者はいなかった。


放棄された土地は、ケンタウロスたちにとって格好の新天地となった。



ケンタウロス側の理由も単純で、自分たちの領地が安泰なら、わざわざ人間の領地に攻め込む必要がなかったのである。


加えて、銃という存在が彼らを惹きつけたのが大きな要因だった。


魔道具として作られた弓矢に比べれば火力は劣るものの、扱いやすく短期間で習熟できる銃は彼らにとっても魅力的だったのだ。



人間と同盟を結び、銃とその製造技術を輸入した彼らは独自の改良を施した。


大量生産の難しい火薬による弾丸発射機構が外され、代わりに魔力を媒体とする機構が組み入れられた。


魔道具として魔法を放つ武器へと生まれ変わった銃を抱え、馬の機動力に銃の火力を得た彼らは、平坦な草原地帯において脅威的な存在へと成長した。


そして、関東北部において人間と背を預け合う国家として存続している。




**********




ケンタウロスたちが治める都市ツェツェルン。


ツェツェルンは古い時代の中東を思わせる石でできた町並みが広がるが、建物や入口が大きく設計されているのが特徴的だった。


また階段が少なく、代わりに坂や螺旋状のスロープが目立つ。


ケンタウロスは総じて人間よりも体格が大きく、加えて下半身が馬であるため、それらを考慮した設計が随所に垣間見えた。


街の大通りでは道の両脇に屋台や露天商が並び、ケンタウロスたちが荷物を背負いながら行き交う姿が見られた。



そこでニーデンというケンタウロスの若い男性が貝塚と柿本を出迎えていた。


ニーデンの髪は深緑で短く刈り込まれ、風が吹くたびに微かに揺れていた。


瞳の色も髪と同じ深緑で、体格の良さとは裏腹に穏やかな目つきをしている。


上半身は筋肉質で厚みのある体つきをしており、シンプルな無地の服を身にまとっているため、そこだけを見れば体格の良い人間と見間違うほどだ。


一方で馬の身である下半身は、様々な民族模様が織り込まれた膝丈のコートで覆われている。


周囲のケンタウロスも同様に下半身の方を着飾っていることから、柿本はこれがケンタウロスの風習なのだろうかと考えていた。



「ようこそツェツェルンへ。俺はカヌグト族のニーデン。ケンタウロスの街に来たのは初めてか?」


ニーデンの声は人間の男性と同じような高さだが、喉の奥から響くような力強さがあった。


「俺は貝塚雅之、こっちは柿本恵だ。俺がケンタウロスの街に来るのはこれで3回目だ。ここに来るのは初めてだけどな」


貝塚は堂々とした口調で答える。


「柿本です。僕は初めてです。よろしくお願いします」


柿本は少し緊張したような声で挨拶し、頭を下げた。



貝塚と柿本はニーデンの挨拶に答えながら首を上に向ける。


ニーデンの身長は2.5メートルほどあり、体格の良い貝塚でも文字通り見上げる必要があった。


周囲のケンタウロスは一回り小さいが、それでも小柄な柿本と比較すれば大人と子どもと言ってもいいほどの差がある。


ニーデンは2人を一瞥し、口元に微かな笑みを浮かべた。


「了解した。多少でもケンタウロスの街について知っているのは僥倖だ。ガイド役としては余計な苦労がなくなって助かる」



ニーデンは街の外を指差す。


「目的の湖はここから北に50キロメートルほど進んだ場所にある」


「道中では色々と障害があると思うがどれくらいかかる?」


貝塚が尋ねると、ニーデンは少し考え込むように貝塚らを眺めた。


「我々の足なら1日で行ける。お前たちなら……3日程度はかかりそうだな」


「ふむ、もうちょい短縮して2日で行きたいな。悪いが恵…連れを乗せて貰ってもいいか?代わりに荷物はこっちで持つ。嫌なら断ってもいいぞ」



ニーデンの全長は3メートルほどあるため、人を乗せるくらいなら容易いだろうと考えて貝塚は提案した。


ただ、人を乗せることを嫌がるケンタウロスもいるので、一応そのあたりは配慮している。


ニーデンはチラリと柿本の方を見た後、軽く頷いた。


「構わんよ。見たところ軽そうだしな」



ニーデンは人間の違いが良くわからないものの、柿本が貝塚に比べてかなり小柄で華奢なことを踏まえ、恐らく若い女性だろうと推測していた。


以前会った人間の女性もメグミと名乗っていたので、恐らく間違いないはずだ。


体力の乏しい女性を歩かせるよりは、背に乗せて運んだ方が移動は早いし余計な配慮をしなくて済む。


そう考えての判断だった。



「調査に必要な物資の手配は終わっているのか?」


ニーデンは背中に大きな背嚢と弓矢を担ぎ、左手に自分の身長ほどもあるハルバードを抱えており、自分はいつでも行けるぞと主張するためそれらを指差しながら尋ねた。


一見すると弓矢は普通の作りだが、ハルバートの方は複雑な紋様が刻まれ、それらが微かに青く輝いていた。


「そっちは合流前に済ませた。後は受け取るだけだから、今すぐ出発できるぞ」


「準備の良いことだ。では、街の外に移動しながら詳細を確認しよう」


そう言って歩き出すニーデンを先頭に、一行は街の外へと向かった。

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