2. 東京都八王子市の殺人樹−13
「メイン料理の2皿目は特製揚げワンタンだ。さっきの料理とは違い、こちらはオーソドックスな料理に仕上げてあるから安心していいぞ」
そう言って置かれた長方形の皿の上には揚げワンタンが並べられ、添えられたタレ皿には黒い液体が注がれていた。
ワンタンの包み方も手の込んだものではなく、正方形の生地を二つ折りにして三角形にしたもので、生地の中央は具で膨らんでいる。
2個セットのワンタンが4列に並べられているのを見ると、恐らく4種類でそれぞれ何かが違うのだろう。
先程よく分からない料理を食べた後なだけに、フラニスと柿本は若干安心したような表情を見せた。
「生地は小麦粉と殺人樹のデンプン粉を混ぜたものに下味をつけて、そのまま食べるように味を調整している。タレは黒酢ベースだから、油が重かったり、さっぱりと食べたい時には使ってくれ」
「師匠、小麦粉を混ぜたのは何か理由があるんですか?」
「デンプン粉だけだと衣が白色でサクサクした食感になるんだが、今回はメイン料理ということで生地の食感を強くしたかったからだな。あと色合いの都合もある」
貝塚の説明を聞いて柿本がワンタンをかじると、室内にバリバリガリガリという音が響く。
その触感と音に驚いた柿本は思わず口元を手で抑える。
「分厚いポテトチップスみたいな食感ですね。これはメイン料理に見合うだけの食べ応えがあります。三角形にしたのは具というよりも生地を食べる料理だからでしょうか?この形なら最初に生地だけを味わうことができます」
「衣を味わう料理と言えば分かりやすいかな?唐揚げやトンカツも衣があるから美味いという面があるわけだが、この料理ではそれを強調してみた。デンプン粉という素材を活かしたかったからな」
「衣自体にしっかりとした旨味がありますから、確かに衣がメイン食材という感じがします。デンプン粉の香りも口に広がるので、贅沢なポテトチップスを食べているようで美味しいです」
そう言って柿本がワンタンを食べ進めていくと、中から梅と大葉、豚の挽き肉を丸めた団子が出てきた。
衣を味わう料理とは言え、それだけだと油がしつこい。
しかし、梅の酸味と大葉の香りが衣の油と混ざることでちょうどよい塩梅になり、挽き肉団子の食べごたえもあって食事の満足度も増す。
奇をてらった料理ではないが、メインの最後に出されるだけのことはあった。
「こっちは海老と白菜の団子か。白菜は塩を振って水気を抜いてあるな。挽き肉よりもさっぱりしてて食べやすい」
そう言いながらフラニスは順番に料理を試していく。
ワンタンを半分食べて、中の具をじっと見つめるなどしており、この料理を気に入ったようだ。
(お好み焼きもどきもそうだが、ザクザクした食感の食べ物が好みなのか?)
そんなことを考えながら、柿本はフラニスの様子を伺う。
神なら何でも食べられそうな印象だが、木を食べるのかと聞いたら怒っていたことを踏まえるに、人間に近い容姿をしている神はその肉体的な特徴も人間に近しいのかもしれない。
味覚も人間に近い。
となれば、神の姿に似せて人間が生み出されたのか、それとも神が人間の姿に寄せてきたのか。
興味は尽きない。
異形の神々も多く存在することを考えれば、今存在する生物はどこかで神の系譜に繋がっているのかもしれない。
「隣のやつはチーズと牛肉の団子か。これは逆にコクがあって重量感のある味わいだな。最後のやつは擦り下ろした魚肉の団子に唐辛子や花山椒を加えたものか。辛さと痺れが刺激的で、特に香りの広がりが良い」
「タレも酸味が効いていて揚げ物に合ってますね。わずかにとろみがありますけど、ワンタンにつけやすいようにこれもデンプン粉を混ぜてるのかな。生地と同じ旨味があるから、ソースをつけても味に一体感があります」
そうこうする間に2人は料理を平らげ、満足そうにする。
肉や魚を使った揚げ物を食べたのだから、空腹も十分に満たされたのだろう。
そんな2人を見て、貝塚は最後の料理を出した。
「じゃあ、最後のデザートは殺人樹パールだ」
2人の前には小さなガラスの深皿が置かれる。
皿には丸い団子のようなものに加え、えんどう豆やカットされたフルーツ類が添えられ、上からココナッツミルクがかけられていた。
「殺人樹パール?」
紹介された名前と目の前の料理が一致しない柿本は不思議そうに尋ねる。
「タピオカってあるだろ、あの黒くて丸いゼリーっぽいやつ。あれの正式名称はタピオカパールと言うんだ」
「同じようなものを殺人樹のデンプンで作ったってことですか?」
「正解。砂糖とかを加えているが、元から旨味と香りがあるから特徴的なデザートに仕上がってるぞ」
「確かに。えんどう豆の旨味やフルーツの甘さと合いますね。パールとえんどう豆に少量の塩が入っているから、甘さにもコクや深みが出てます。モチモチとしたパールと、豆やフルーツの食感の違いも良いです。餅米をココナッツミルクと砂糖・塩で炊く料理を思い出しました」
饒舌な柿本とは対照的に、黙ったまま料理を食べているフラニスに貝塚は視点を移す。
「フラニス、これで料理は終わりだがコース全体の評価はどうだった?」
フラニスは貝塚の質問にすぐには答えず、デザートとセットで出てきたレモングラスとバタフライピーのハーブティーを啜る。
そして数拍置いてからようやく喋りだした。
「デンプン粉というメイン食材にしづらい素材でコースを作ったのは評価しよう。前菜から始まって、デンプン粉を使った食材の食感が徐々に硬くなるよう考えられており、コースが進むにつれて食べ応えが出て、デンプン粉を使った食材の主張が強くなるように計算されていたのが良い」
フラニスの口から意外なほど評価の高い感想が出てきたのを聞いて、貝塚と柿本は驚き口を開けたまま呆ける。
フラニスは気難しさを全身で表現しているような存在なので、正直なところ7割くらいは不満で占められることを覚悟していたくらいだ。
驚いて何も言えない2人を無視してフラニスは喋り続ける。
「また、メイン食材の食感が変わっていくのに合わせ、他の食材の食感も調整していたのも評価できる。あくまでも殺人樹のデンプン粉の味と香りを楽しむコース料理を作る、という意図は十分に伝わった。総評としては、まあ悪くないだろう」
そう言い切ったフラニスは再び烏龍茶を啜り、そして腕を組んだまま何も言わなくなる。
貝塚と柿本は互いに目を合わせ、こんな馬鹿なことが起きるなんてと無言のまま叫び合うが、フラニスがそれ以上何も言わないので素直に評価を受け取ることにした。
余計なことを言うと評価が変わるかもしれない、という考えが頭に浮かんだとも言える。
「満足して貰えたならなによりだ。もし量が足りないなら追加を作るぞ」
「いやいい、十分だ。それよりも、最初木片を見せられた時にはどうしようかと思ったぞ」
「あれは一種のサプライズだ、ワクワク感があって良かっただろ?」
「あぁ、確かにどんな殺し方をするか悩むあまり、胸の高鳴りが止まらなかったな」
サプライズ成功と喜ぶ貝塚に対し、フラニスは獲物を前にした鷹のように笑う。
しかし、貝塚は気にせず目を輝かせながら手を差し出した。
「じゃあ褒美をくれ。異世界の料理本とかが良い」
「今回はお前の命だ。見逃す価値があると認めてやる」
「ケチだなおい!」
「お前がもう少し神に対する敬意というものを見せていれば違ったかもな」
フラニスはフッと鼻で笑いながら貝塚の要求を蹴る。
期待していた報酬をあっさりと断られた貝塚は怒って文句を並べ立てるが、フラニスは気にせずハーブティーを啜り続けた。
横で見ている柿本からすればハラハラする状況でしかないが、フラニスも今更貝塚を殺そうとする気がないことだけは伝わってくるので、貝塚を無理に止めようとはしない。
その後も貝塚とフラニスはあれこれと言い合うが、結局これ以上の報酬は得られないと判断した貝塚が折れる形で決着となった。
貝塚はショックのあまり地面に伏していたが、しばらくすると急に立ち上がってフラニスの方を向いた。
「まあいい。次を楽しみにしてろ。あと、レシピを知らないというなら当てがないか探しておけ。知り合いとかいるだろ」
「本当に畏怖や敬意というものがないな...」
「すみませんこういう人なんです...」
あっさりと頭を切り替えて立ち直る貝塚を見て、怒る気すら起きずフラニスは呆れ果てた。
人間というのはこんな珍獣みたいな奴らばかりなのかと一瞬考えるが、悪夢のような光景が想像できたので頭を振り払って記憶から消そうとする。
「何にせよ、今回の挑戦は偉大な一歩だ!やっぱり食べられそうにないモンスターでもチャンスがあるじゃないか。この調子で他のモンスターも試して行くぞ!ハーハッハッ!」
両手を広げ天に向かって叫ぶ貝塚。
何も存在しない虚空を見つめながら高笑いを続けているその様は神託を得た使徒、もしくは常軌を逸した科学者のようであった。
残された2人はため息をつきながらそれを眺めていた。