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2. 東京都八王子市の殺人樹−9

そして時が経ち、男は再び我の屋敷に戻ってきた。


「フラニス。難しそうな顔をしてるがどうした。料理が待ちきれないのか?気持ちは分かるが待つのもまた楽しみ方の1つだぞ」


目の前でテーブルのセッティングをしている男が尋ねてくる。


我は大きくため息をついて答える。


「貴様との出会いを思い出していた」



用意された椅子に座ったまま、テーブルに頬杖をついて足を組む。


空いた手でコツコツとテーブルを叩きながら、イラつきを隠さず答える。


「あの時の不愉快さが蘇ってきた」


「そうか、ストレスは良くないぞ。どんな料理も健康でなければ美味く感じないからな」


ストレスの元凶を前に、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。


神に健康を説く奴はこいつが初めてだ。


しかし、今更そんなことを咎めても時間の無駄ということは重々承知している。



「それで今回の食材とやらは何だ?この我を待たせたのだから、駄目でしたでは済まさんぞ」


そう言って軽く男を睨みつける。


しかし我の言葉を聞いて男は怯えるどころか笑みを浮かべる。


そして荷物の中から何かを取り出して、自信満々にテーブルへと乗せた。


「これだ」


ゴトリと音を立ててテーブルに置かれたのは手のひらサイズの木片だった。


四角形に切り取られた木片。


どこからどう見てもただの木片。



「……木にしか見えんが?」


「樹木系モンスターから採取してるからな。分類的にも木と言っていいだろう」


「この世界の木は食べられるのか?」


「一般的には食べられていないな」


「では食べられないのでは?」


「食べるんだよ」


そう言い放って男は高笑いしながらキッチンへと向かって行った。



目の前に置かれた木片を見つめた後、目元を指で押さえ必死に状況を受け入れようとする。


流石に木をそのまま食べさせようとはしないだろう。


だが、あの馬鹿なら「神なら木も食えるだろ」と言い出す可能性は否定しきれない。


どうする?


先手を打って殺すか?


しかし、捧げ物を確かめずに処罰するというのも神として相応しい振る舞いではない。



どうしたものかと懊悩していると、急に男が振り返った。


「料理にはトマトやキュウリといった食材が出てくるが、厳密には大異変後に品種が変わったり類似のものをそう呼称していることも多い。昔のやつはもう採れないのが多いからな。モンスターから採取した毒性の無い部位をそう呼んでいることもある。俺たちは普通に食べているし、お前は神だから大丈夫だよな?」


その言いように呆れ果て、声を荒げ投げやりに答える。


「......もうなんでもいいから持って来い。食べられるものをだ!」






(この雰囲気に耐えるのは辛い...)


柿本は料理の下ごしらえを手伝った後、テーブルの置いてある部屋に戻ってフラニスの隣に座っていた。


「他人の料理を食べるのも勉強の一環だ。せっかくだからお前も一緒にコース料理を食べろ。1人分を作るのも2人分を作るのも手間は変わらんしな」


この貝塚の指示によるものである。


言うことは筋が通っている。


大まかな料理の内容は把握しているが、最終的な出来上がりがどうなるかは未知であり、予想と結果の違いを知るだけでも良い勉強になるだろう。


しかし、異世界の神の隣に座って料理を食べろと言われても、正直なところ味がまともに分かるとは思えなかった。



(しかも円形のテーブルで横並びって、せめて距離を取るとか上座とか考えて下さい)


神はフラニスという名らしいが、異世界の神ということもあってどのような権能を持つのか不明である。


神としての特性も把握できていないので、何が琴線に触れるのかも分からない。


しかも明らかに機嫌が悪い。



人間離れした美貌だけあって、しかめっ面でも絵になるあたりは流石だが、だからといって危険性が低くなるわけではない。


隣に繊細な爆弾のセンサーが置かれているような状況である。


隣に座るフラニスの機嫌を損ねないよう、一言も発さず身動きもせずただ時間が過ぎるのを耐える。


そんな拷問のような時間を過ごしていると、フラニスが唐突にこちらを見て口を開いた。



「お前はあいつのなんだ?」


なんと答えるのが正解なのか。


頭をフル回転させるが、情報が少なすぎて判断できない。


かといってすぐに答えなければ無視したと誤解される可能性がある。


何かあったら即座に師匠のところに駆け込もう。


柿本は覚悟を決めて答えた。



「弟子です。申し遅れました、私は柿本と申します。このたびはフラニス様に拝謁する機会を賜りありがたく存じます」


怯え冷や汗を流しながら答えたが、なぜかフラニスは予想を裏切られたという表情で驚いていた。


まるで敬意を払われたことが信じられないようだが、流石にそんなことを考える神はいないから何か別の理由があるのだろう。


そんなことを考えていると、フラニスは咳払いをしてから話し始める。


よくわからないが多少機嫌が良くなったらしく、刺すような緊張感が若干和らいだ。


「そうか。ところで、あいつはいつもああなのか?」


恐らく師匠のことを指しているのだろう。


明確には示されていないが、何が言いたいのか何となく理解できた。



「概ね…」


「そうか…」


なんとも言えない空気が流れる。


フラニスがそれ以上何も言わず、黙ってテーブルに置かれたライム入りの炭酸水をチビチビと飲んでいるため、目下の柿本としても話を続けるわけにはいかない。


余計なことを聞いて機嫌を損ねることだけは避けたいというのもあった。


しかし場の雰囲気は先程よりも明らかに悪くなっている。



(何やったんですか師匠!)


そう叫ぶのをなんとか堪えていると、貝塚が料理を乗せたワゴンを押しながら部屋に入って来た。


これでなんとか間が持つと喜びかけるが、今度は隣に座るフラニスの表情が厳しいものに変わる。


テーブルは謎の緊張感に包まれ、息が苦しくなる。


しかし、貝塚はそんな2人のことは全く意に介せず配膳を始めた。


「待たせたな!まずは前菜からだ」

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