あの世で詐欺に遭うとは
目覚めると春美は和室の居間で横たわっていた。
朧気な意識の中で記憶を辿ると、自分は確か子供部屋で娘の彩を寝かしつけていた筈だった。
居間まで来た記憶はない。
どういうことか。わけもわからないまま、とりあえず春美は子供部屋に向かうことにした。
が、居間を出ようとした瞬間だった。
引き戸と自分の間に突然、少女が現れた。
「!!!誰!?」
春美は思わず声をあげた。当然少女は、娘の彩ではない。西洋の顔立ちで、黒髪ショートヘアをウェーブさせている。大きな瞳で少女は薄く笑いながら、春美を見上げている。
「この先には行けないよ。何もないから」
少女はそう言うと、引き戸を開けてみせた。
「え?どういう、、、」
愕然と春美は言葉を失った。引き戸を開けた先に廊下はなく、真っ暗闇が広がっているだけだった。
「なによ、これ。その前にあなたは誰なの?」
冷静になろうと努めながら、春美は少女に聞いた。
「あたしはララ。ここはね、死後の世界で、あなたは死んだの」
「へ?死んだって、私はいまこうして、ここにいるじゃない」
「いる世界が違うんだよ。ここは丁度この世とあの世の境目の世界で、あなたの生前の記憶が色濃く残る世界。でも、あなたが生きていた世界ではないの」
「嘘よ、そんなの。死んだって、そんな私、健康そのものだった。健康診断だって、何の異常もなかったし」
春美が狼狽えながら言うと、ララはまた薄く笑った。
「確かに、あなたは死ぬ筈じゃなかった。でも、選ばれちゃったの」
「選ばれた?何に?」
「死神に」
「はあ?」
「あたしも詳しくはわからないけど、死神に選ばれた者は、寿命に関係なく命を奪われるの」
「なによその理不尽」
「理不尽じゃないよ。死神に選ばれて命は奪われるけど、死神になるかどうかは、あなたが決められるから」
「私が?それなら、命を奪う前に決めさせてよ」
「死なないとあたしとは会話できないからさ、死んでもらわないと答えが聞けないでしょ?」
「何、その無茶苦茶な理屈」
「あたしも詳しくは知らないから。あたしがしていることは、えらーい死神の指示に従って、生きてる人間の命を奪って、死神にスカウトすることだけ」
「じゃあ何?あなたが、私を殺したってこと?」
「そうだよ。でも憎まないでね。私はえらーい死神の指示に従っただけだから」
罪悪感のカケラもない薄い笑みを浮かべて言うララに、春美は何故か怒りを感じなかった。この子に真実を問いただしても、答えは返ってこないだろうと直感でわかった。
「さっき死神になるかは自分で決められるっていったわよね?断るとどうなるの?」
「普通に天使とか守護霊とかが迎えに来て、あの世に連れてってくれる。この世とはバイバイだね」
春美はホッと胸を撫でおろした。命を奪う死神になどなりたくもない。
「じゃあ私は断るわ。人殺しなんてごめんだから」
「いいの?この世とはバイバイで、生まれ変わったら、今世の記憶もなくして、全くの別人だよ?」
「それは、、でもそれが宿命なんじゃないの?人が死んだ場合の」
ララは春美の言葉に薄く笑った。
「そこがね、死神は違うんだ。死神は生前の記憶を持ったまま、この世を徘徊できる。徘徊して、指示があったら、選ばれた人間の命を奪う。死神は他にもいるから、死神同士でなら会話もできるし、食べることも寝ることも必要ないから、生きてる時より全然楽。あたしは学校にもいかなくていい自由さに惹かれて死神を選んだ」
「子供ね。幾ら自由でも人の命を奪う以外何も出来ないんじゃ、最悪な上に退屈じゃない」
「そう思う?あなたはじゃあ簡単にこの世を捨てれるの?この世のあなたはこれっきりなんだよ?あなたがいたこの世界にいられるのは、死神を断ればそれが最後だよ?」
そうララが言った瞬間、春美の目の前に自分の人生が走馬灯のように映し出された。幼少期から青春時代、夫と出会って娘の彩が生まれるまでの幸福しかなかった人生が。
気がつくと春美の頬に涙がつたっていた。
「やめて。死神になったところで、娘や主人にも、それに友達とだって触れ合えないんでしょ?そんなの辛いだけじゃない」
「そうだけど、見守ることはできるよ?」
「見守る?」
「例えばね。あなたの娘さんの命を死神が奪おうとした時に、止めることができる」
春美はララの言葉に、我を失った。
「ちょっと待って!あなた達、私の娘にまで!?」
「あたしは詳しくしらないけど、死神にスカウトされる人間の傾向ならわかる。死神になってでも守りたい愛する人のいる、心の清らかな人間。そういう人間は断らないから。死神になることを」
「でも待って、守れるのは死神からだけで、不慮の事故や病気からは守れないんでしょ?もしそうなったら、ただ見てるしかないじゃない」
「それは生きてても同じでしょ?でも生きてたら死神からは守れない」
「そうかもしれないけど、、、。でも、愛する人を守りたい清らかな人間なんて、幾らでもいるじゃない」
「表向きはそうは見えても実際のところはって人がほとんどかな。だいたい死神にはならずに転生を選ぶから。自分が一番大事ってこと。数打てば当たるって感じだもん、スカウトって。自分の愛する人が死神にスカウトされるかも運次第だしね」
「そうまでして、あなた達死神はなにがしたいの?目的はなに?」
「それはあたしにはわからない。知ってる死神にも会ったことはない」
「そんなの、そんな適当なことなら、私だって、死神は選ばないわよ。この死が寿命だったんだって受け入れて、あの世にいくわ」
「あーやっぱり?まぁ、あたしはそれでかまわないけどね。断られたところで罰も何もないし」
「そうなの。で、私はどうすればいいの?これから」
「そのうち守護霊みたいなのが迎えにくるよ。そしたらあの世にいけば?」
「そう。わかった」
「本当にいいの?娘と別れて」
「別れたくないわよ。でも仕方ないじゃない。死神なんて怪しいし、あなたの言ってることが真実かもわからないし。だいたい人の命を奪ってまで見守るなんて、私にはできない」
「あたしはできるけどな」
「あなたは子供だからよ。命の重みだってわかってないでしょ?」
「ああ、ひとつ言い忘れてた」
「何?」
「死神になるとね。引き換えに失うものがあるの」
「やっぱり。何かあると思った」
春美は溜息を吐いた。
「感情」
「感情?」
「感情を失うの。だから、人の命を奪うことだって平気になるよ?」
「ちょっと、感情をなくしたら、娘を愛してたことまで忘れちゃうじゃない」
「あー、そうかもね」
「だったら見守る意味だって」
「わからなくなるね」
「そんな大事なこと言い忘れるなんて、最低じゃない、あなた」
「そうなの?よくわかんないな。まぁ死神にならないなら、あたしはもう行くよ。じゃあね」
そう言うと、ララは開けた引き戸の奥の暗闇の中へと消えていった。
春美は、その後、現れた守護霊にあの世へと導かれたが、あの世からでも娘は見守ることはできると聞き、安堵した。
死神に関しては、すべて出鱈目と思いなさいと言われた。
生きてる時にあう詐欺師みたいなものだと。
死神が人の命を奪えることなど真っ赤な嘘だとも言われた。
彼らはただ、未浄化霊の仲間を増やしたいだけだと。死後も魂をこの世に留まらせて。
死んでも詐欺に遭うとはね。春美は呆れながら、呟いた。
そういう輩は、あの世にだっているから、気をつけなさい。守護霊は春美に伝え、春美をあの世へと送っていった。