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WANTED  作者: ぱよ
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女装癖のある御曹司⑤

 ぐしゅんっとくしゃみを一つして、直希はグレーのダッフルコートのポケットに手を突っ込みながら大学から家路についている。

 空はもうすぐ茜色に染まる時分で、寒々しく三日月が東の空の低い位置を陣取っていた。

 先日、春一の言っていた闇オークション、羽田代表取締役と繋がっていたのは日本マフィアKING傘下

大神であると連絡があった。それほど大きな組織ではないが、千人余の構成員でなる大神は小さな島国では十分すぎる脅威である。

 羽田グループも近年急速に業績を伸ばしている商売の手練れで、闇深い場所で両社にごそごそされては公安も摘発のしようがないのだと、懇意にしている警視庁の刑事からぼやかれたと慎一から聞いている。

 なかなかにおいたをする馬鹿者の首根っこを捕らえて引きずり出すのには骨が折れそうだと、楽しそうに笑っていた。

(……基本性格悪いんだろうな、慎一さん)

 鼻をすすりながらネックウォーマーに口元まで埋める直希の視界に自販機が映る。

 小脇に抱えていた革のカバンのポケットから小銭を取り出すと、ココアを買う。ゴロンっと音を立てて転がり落ちてきた熱々の缶に手を伸ばした時、彼女がいる場所からそう遠くない先の十字路で女性と思わしき悲鳴が上がった。

 なんだなんだと通りすがりの学生やサラリーマンがそちらを見る。

 住宅街のど真ん中である。人通りは帰宅時間にちょうどぶつかっているから人通りも多い。

 そんな場所で騒ぎを起こすなんて、よほどのアホか、見られても痛くもかゆくもない輩かのどちらかだろう。

 直希は野次馬たちのとたんに青ざめた顔を見て、ココア片手に走り出す。

 路地に差しかかったところで涙目の美人とぶつかり、後ろをチンピラ風の男三人が拳銃を片手に追ってきているのが見えた。美人だからちょっかいを出しているだけにしては穏やかでない。

 美人の手をとっさに掴んで自分の後ろに行かせると、プルタブを開けたココアを男達に向かってぶん投げる。

 クリーンヒットした男から悲鳴が上がって、熱々ココアが目に入ったらしく、悶絶しながら顔を手で覆ってうずくまってしまった。

「このガキ!」

 仲間の不遇を尻目に残った二人が襲いかかってくる。

 直希は溜め息一つついて、分厚い教科書の入った皮のカバンを一人の顔面に力の限り叩きつけ、もう一人の股間を正面から蹴りつける。

 ギャラリーの男性諸君からひえっと小さな声が上がったが、あっという間に傍観三人から美人を助けた直希に拍手が上がるが、それもつかの間に怒声とともに復活したココアの男が発砲した。

「ふざけやがって……、小娘がいきがってっから……あ?」

 直希の後ろに隠れていた美人も、野次馬の人々も、男と一緒に何事が起きたのかと直希と、彼女の足元に落ちた真っ二つの銀弾を交互に見る。

「粋がってんのはてめえだ。拳銃一つで最強にでもなったつもりか、馬鹿め」

 美人はそっと銀弾を指でつまんで、切り口鮮やかなそれを沈みかけの太陽に掲げる。

 中の火薬がさらさらと零れ落ちて、その向こうに燃えるような太陽の朱が、金色の髪を鮮烈に輝き彩る直希がいる。

 手にはいつの間にか刃渡り三十cmほどの黄金色の短刀が握られていた。

 超高速で発射される銃弾を切るなど、どういう反射神経をしているのか。

 呆けた顔で皆一堂に直希を眺めている。

「大人しく呻いときゃよかったのに」

 直希は拳銃を持っている男の顔面をつかみ、渾身の力でアスファルトに叩きつけた。

 頭蓋骨が激しく打ちつけられる音が鈍く響いて、力を失った手から拳銃が落ちる。

「俺スマホ持ってないんだよ。誰かマフィア狩りに連絡してくれ」

 直希が中身のなくなったココアの缶を拾ってそう言うと、慌てて中年男性がネット経由でマフィア狩りの電話番号を探し当ててくれた。

 事情を説明する中年男性の姿を眺めて、あとは慎一たちに任せようと直希は現場を去ろうと一歩踏み出した時、後ろから抱きすくめられてぎょっとする。

「素敵♡ 好き♡」

「は⁉ なに⁉」

「ふふ、可愛い。ちっちゃいのにすごく強いのね。惚れちゃう」

「ちっちゃい言うなっ」

 強引に美人を引きはがして、一、二歩後ずさると、直希はそういえば顔もよく見てなかった追われていた人物を見た。

 彼女は、彼女……。

「……?」

 彼女とは?

 直希は盛大に首をかしげて、目の前の彼女?を凝視する。

 なんか既視感がある気もしないではないが、彼女?はそれを吹き飛ばす台詞をチャラっと言ってのけた。

「結婚しましょ」

「しないよ」

 光の速さでプロポーズをぶった切って、直希はカバンを両腕で抱えて、彼女?との距離をさらに取る。

 間違いなく目を見張るほどの美人である。

 口調もこうだが品があるし、耳触りのいい高くも低くもない声は聴き心地いい。

 キャラメル色のトレンチコートは流行りのスタイリッシュなタイプで、下半身をスマートに見せるコーヒー色のロングスカートがよく似合う。

 体の線をはっきり見せる服装ではないが、大人女子のいでたち。

 こういうのが似合う大人になりたいと思う女子はさぞ多かろう。

 しかし、多分。

 いや絶対に。

 



 男だ。




 栗色に染めているであろう長い髪はゆるふわっと巻かれて、うなじのおくれ毛で色気を感じる束ね方をされているが、骨格が男だと断言できる。

 しかし、あえて問おうと思った。

「男?」

 彼女?はにこやかな表情を崩すことなく、ローズ色のグロスを引いた唇を笑みの形のまま、気分を害することもなかったようだ。

「やだー、男じゃないと日本じゃ女子と結婚できないじゃない」

「なんで結婚前提で話してんだ。お前なんだ」

 頓珍漢な返しに思わず素の乱暴な言葉づかいで返してしまう。

 それすら彼女?には幻滅の対象にはならないようだ。

 やだ、かわいいー、と頭を撫でようとしてくるから、直希はその手を叩き落とす。

 警戒心マックスの直希に彼女?はやっと名乗ることにしたようで、直希に合わせてかがめていた腰を伸ばす。

「みちるよ。羽田みちる。あなたのお名前は?」

「直希。鷺水(さぎみな)直希」

 みちると名乗った彼女?は直希の名前を嚙み砕くように何度か呟いて、突然手を掴むとどこかに向かって歩き出した。

「おいーーーー‼ なんなんだお前ーーーー!」

「助けてくれたお礼にお家に招待しちゃう。 こっちよこっち。あ、婚約届あったかしら。途中役場あったかしらね」

「何言ってんだ、頭が先に春になってんじゃねえのか!」

「暴言もそよ風のようねぇ。 好き、結婚する」

 暖簾に腕押しとはまさにこのことか。

 直希は見た目は女、力は男のこの人物に言葉にならない恐怖を感じながら腕を振り払おうと必死になる。

「人の話聞いてんのか!」

「一言一句漏らさず聞いてるわよ」

「怖い怖い怖い!」

 助けなければよかった。

 助けなくてもなんか多分大丈夫だった気がする。

 直希はちょっと前の自分の善意をタコ殴りにして止めとけばよかったと激しく後悔して、怪しい男に強引に家に引きずり込まれるはめになってしまった。   

 




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