女装癖のある御曹司③
マフィア狩り七人が住む事務所兼住宅は閑静な住宅街の一角にある。
直希の通学路にあるのでちょこちょこ顔を出すのだが、出すたんびに部屋の四隅に仕事が増えている。
直希は基本国内の仕事しか受けないので、マフィアが活動休止している異常事態の現在、閑古鳥が鳴いているわけだが、春一達はそうではない。
依頼があれば海外にだって彼らは行くのだ。この件にばかりかかずらってもいられないだろう。現にかかずらいすぎて他の案件に手が回らなくなってきている。
早い確実親切が売りの民間会社が、仕事が遅くなっては死活問題であることは間違いない。
夕暮れ空を横切っていくカラスを見上げ、家路をぼんやり歩いていると、さしかかった公園のベンチでスマホをいじりながら手帳にペンを走らせている知り合いを見つけた。
おそらく彼も閑古鳥仲間。
直希は歩道と公園を隔てる柵を飛び越えて、茶髪をヘアピンでざっくりとめたパーカー姿の工藤に声をかけた。
「工藤さん久しぶりー。こんなとこでなにしてんの?」
呼ばれて顔を上げた青年は手帳を閉じると、直希を見て明快な笑顔を浮かべた。
「こんちわー。お久しぶりっすね」
「幼児誘拐計画中なの? 公園で下調べ?」
「KINGは女性と子供に焦点を絞った犯罪行為は禁じていますので、それ以上に大切な理由がない限りはしませんよ。直希さんは学校帰りっすか?」
ちゃらっとした雰囲気の工藤は、とりあえずベンチの埃を払って直希に席をすすめる。
「そうそう、工藤さんは珍しいよね。こんなとこにいるの」
「はあ、仕事がなくて困ってます」
「ははっ、じゃあ春一さん手伝ってあげなよ。憔悴してるんだよ」
「面白そうっすね。さぞ屈辱的な表情をしてくれるでしょうね」
工藤は数少ない日本に居を構えるKING構成員である。
八年前、勃発したマフィア大戦の覇者KINGは、アジア圏に重きを置いておらず世界最大最強とあっても日本では極小の組織だ。
もしくは世界三大勢力の中国との関係もあるのかもしれない。
日本にはKING重鎮はおらず、数百人程度の構成員が細々と活動しているくらいのものだが、それでもKINGのネームバリューは他がひるむくらいにはでかい。
「工藤さんさ、今回の大元どこか知ってる?」
でかい故、集まってくる情報も得られる情報もマフィア狩りとはけた外れだ。足を粉にして集めるそれも、工藤はKINGの名前を使えばチョイっと仕入れられるだろう。
知ってはいても教えてくれるとは思わなかったが、直希はダメもとで聞いてみた。
工藤は今回の大元と呟いた後、横行する麻薬販売のことかと気づいて、眉をハの字にする。
「そうっすねー、知っていると言えば知ってるんですが、知らないと言えば知らないんです。俺の方も今手探り状態で、そのことに関しては何ともお答えいたしかねますねえ」
「じゃあ知ってることちょこっとだけ教えて。貸し一にしといていいから」
曖昧に濁らせた返事をする工藤に、直希は交換条件でヒントを求める。工藤は自分やKINGに損がないなら、当たり障りのないところまで教えてくれる。
この関係性は警察にもマフィア狩りにも真似できない。『F』として組織からは独立しているフリーのマフィア狩りの彼女だからこその強みである。
工藤は暗く沈んでいく空を眺めながら、答えられる範疇を考えている。
そして直希に視線を戻すと、突拍子もないことを言い出した。
「過激な愛情表現ですかね、言うならば」
「…愛情表現のやり方を見直した方がよくない?」
「表現の自由は尊重しないといけねえっすから」
直希はにっこり笑う工藤に訝しげな目を向けてベンチから立ち上がり、母親に手を引かれて公園を出て行く子供を視線で追う。
誰が誰に向けた愛なのかは問うても言わないだろう。
「さ、俺今日夕飯担当なんすよ。 そろそろスーパー行かねえとタイムセールの卵なくなっちゃうから、これで失礼しますね、直希さん」
「うん、佐々さんによろしく」
「仕事ないから、あいつも暇してるんすよね。今度見かけたらあいつの相手もしてやってください」
じゃ、と手を振って工藤はポケットに手を突っ込み、早足で公園を後にした。
夜の帳が降りてくる公園に直希が一人残る。
誰もいなくなってしんと静まり返る公園に、近くの住宅から洩れて聴こえてくる賑やかな笑い声が響く。
十二月の寒空に白い息が散って、北風に枯葉が遊ぶ。
「プラナリアの発生源の愛情表現方法は歪みまくってるってことか」
発生源が淀んだ水底生まれなのか、丁寧に水質調整された水槽住まいなのかは知らないが、どちらにしろこれだけの問題を引き起こすことのできる切れ者で、これを愛情表現という性格に難のある人物であることは分かった。
直希は多大なる面倒くささを感じながら、自分もコンビニで肉まん買おっと小走りに公園を出たのだった。