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初夏、午後のかみさま。

作者: 萩原なお

今日も空を見上げる。

四角いガラスの向こうに広がった空は、この前までの梅雨を感じさせなかった。

きっとこの窓を開け放ったら初夏の風があたしをなでていくに違いない。


先生が黒板に白をこすりつけていく音が、かすかに聞こえる。

淡々と教科書を読み上げる声はまるで別セカイ。

この薄いガラス一枚の内と外では、こんなにも世界は色がちがう。


この誘惑には、勝てない、かも。


授業中のこの雰囲気にわざわざ窓を開けようなんてバカだと思いつつも、腕をのばす。

もうちょっとでガラスに触れようとした、そのとき。


「何やらかそーとしてんだよ、工藤。」


教室中に響く透き通った声。やっちまった、とひとり心の中で絶叫する。

早川先生に見つかった。


忘れてた。

早川先生の授業でほかの事をしようなんてムボー、なのに。


「俺の現在完了の授業がそんなにつまらなかったか、工藤?」


教室中の視線の中、先生があたしのもとへ歩み寄ってくる。

女子の色めき立った声があがる。それもそうだろう。

先生はモテる、から。


背が高くって若くって、長めの黒髪に筋の通った鼻立ち。透き通った声に白い肌。

極めつけは、切れ長の目。


あの目ににらまれてみたいというのが、一部の女子の意見だった。

先生に怒られたいがためにわざと大きな音を立てたり、問題を間違ったりする子もいるのだ。


そんなマニアックな意見を持たない女子からも、彼は絶大な支持を得ていた。

それだけのルックスがあればイマドキの女子高生はやられてしまうのである。


でもあたしは―あたしは断じてちがうのに―!


まだ音だって立ててないしセーフラインのはずなのに。

なんだってこんなにめざとくあたしの奇行がバレてしまったんだ。


「何しよーとしてたんだ?ノート真っ白のくせに?」


いまだ窓へ手をかけたままのあたしの前に、先生が腕を組んで立ち止まる。

わざと浮かべられたきれいな笑みは冷汗どころじゃない。


どうやら初夏のかみさまは、とことんあたしがキライらしい。


窓開けようとしただけです、なんてこの微笑の前にして言えるはずもなく。


「け、消しゴム落としちゃって、」

「どこにも見あたらないが?]

「黒板の字、見えなくって…。」

「おまえ両目2,5あるって自慢してなかったか?」


大きなため息と共に掴まれる腕。


「Please come to the front.」


本場仕込みのエイゴが、熱いカタマリとなって耳から侵入してくる。

耳元の、微妙にかすれた甘い響きは、気のせいなんかじゃないはず。


見上げれば、完全無敵の微笑みに更にサドスティックさが加わっていた。

長い指に掴まれた腕はじんじんと熱を帯びて。ちりちりと肌を焦がす。


これこそ、早川マジックだ。

早川先生の毒牙にかかった女子は一瞬、恋に落ちてしまう。


どんな女子生徒も見つめられただけで骨抜きになってしまうんだそうだ。

だからこれは、早川マジック。あたしも例に漏れず、一瞬だけ恋に落ちてるんだ。


深呼吸してゆっくり立ち上がる。

ずるーいだの、あたしもだの女子の叫びや、真っ赤になったあたしを冷やかすような男子の声が耳に痛い。

案の定、握ったチョークは一文字も文字を刻み付けないまま宙をさまよって。


『花子はジョンになんと言ったか?』


そんなの知るわけないだろ、花子め。


「居残りだな。」


そんな先生の一言であたしの放課後はあっさりとつぶれたのだった。


「アホのくせに俺の授業を怠けていた工藤の代わりに問3をやる奴―。」


やっと息を吐き出して教壇から降りる。

あたしの代わりにチョークを握ったのは、あたしの斜め前の席の立川さんだった。

女子の恨みが全て背中に集中している。


かわいそうに。

人事のように感じながら、指先の白を見つめる。


なんだなんだ。この消失感。


指先を見つめながら席へ座ったとたん、頬に生暖かい風を感じた。

鼻腔をくすぐるこの匂いはまさしく『初夏』で。

窓が思いきり開け放たれたことを悟る。


「先生―?」

「風に、あたりたかったんだろ。」


見上げた先にあるのは限りない空の青とシャツの白。

染みるようなまぶしさに目を細めれば、乾いた笑い声が降ってきた。


一瞬で、引きかけた頬の赤がまた広がっていく。

きっとこの見掛け倒しの性悪は、知っててからかったに違いない。


かみさま。

薄いガラス板一枚ごし。

たたけば壊れるもろい境界線なのに、内と外では違いすぎると思っていた。


でも、そんなこともないかもしれない。

ふとしたことで色は広がって、モノクロームな世界をリアルに映し出す。

退屈なんてしてる場合じゃないかもしれない。


「外なんかより、俺を見てろよ。」


掠れた、甘い声。

これはちょっと、心臓がもたないかもしれない。




先生の爆弾発言が夏の目覚めに聞こえた、そんな午後。





***


こんにちは。このような作品に目を通していただき、ありがとうございました。

タイトルどおり初夏に書いたモノなのですが、今秋だ…!

季節についていけてません。

初夏の、さわやかですっぱい感じを表現できていたらいいなと思います。

ラブコメって難しいなと痛感しました…。


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