087 ワイルドベアは瞬殺で
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「楓さん。時間なので交代します」
「ありがとう。よろしくね」
洞窟へ向けて精霊術LV1『ウインド』を何度も唱えている俺。10分置きに楓さんと交代で唱えて1時間あまり……洞窟からは焼け焦げた匂いが絶え間なく漂ってくる。
「まだ洞窟内に入るなよー。一酸化炭素中毒になるから」
樹は定期的に松明を洞窟内へ投げ入れて………あ。ダメだ投げている途中で炎が消える。まだまだ酸素を送り込まなきゃ……
日の光が徐々にオレンジへと変化している夕刻時……討伐対象であるワイルドベアはすでに駆逐されているだろう……洞窟内からは生物の音が聞こえず、ただ精霊術によって生み出される風の音がするのみ。
「ナパーム弾の恐ろしい所は周囲の酸素を奪うから、全身焼けるか酸欠するか、一酸化炭素中毒になるかの3択だ」
………究極の3択だな。そのどれもが『死』に直結するのだけど?
「しかも粘着剤の効果で、活性剤じゃないと消火出来ないおまけつき」
…………そんなおまけいらないです。
「だから現実世界では使用禁止になっている」
………かなり危険な物だったんだ。
「本物はもっと高威力だぞ。俺が作ったのはあくまでも模造品だ。信管ないから起爆は精霊術だったし………」
ぶつぶつと文句を言う樹。いつの間にか精霊術と魔術がLV3になっていたのは驚きなのですけど?
本人曰く『高2の化学と物理を学習すれば竜司も習得できるぞ』………ってまだ高1の9月ですよ?高2の勉強まで手が回りませんって。
「それにしても……酷い有様だな………」
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ワイルドベアが洞窟内へ……ハチミツの匂いに釣られて戻って来たのは正午過ぎ。洞窟の奥でハチミツを塗ったボア肉を食べる音が聞こえて来たので……全員で熊用の唐辛子ボールを暗闇へと投げつけた。余す事なく80個全弾投入です。
「ぐがぁ!!」「ガァァァァァァ!」
とかの咆哮と地面をのたうち回る様な転倒音……そして中から漂ってくる唐辛子の匂い……暗くてわからないが、相当な地獄絵だったんだろうな……
そこへ樹特製のサーレップ粉と小麦粉、油を混ぜた『とりもち』の様な物を何個も投げ込んで………洞窟から100メートルくらい離れた後、仕上げに樹が精霊術LV3『ファイアボール』を洞窟へ投げ込んだ瞬間………
「地震かと思ったよ……あの衝撃」
「安全マージンは取ってあったし、肉弾戦やるよりはいいだろ?」
そりゃねぇ……戦いたくは無かったよ。
むしろ異世界ではのんびり過ごしたかったよ。
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洞窟の原型は留めているけど、洞窟の天井やら床やら………それこそ、そこらじゅうに焼け焦げた何かが付着している………これだけの威力あるのにまだまだだなんて………兵器って恐ろしいな。
銀狼の時のニンニク入りハンバーグといい、日常生活の生活品が凶器に化けるのか………あれ?でもサーレップの粉ってかなり高額で希少だったはずじゃなかった?
「現地………小人族価格はものすごい安かったぞ。大量に……とまではいかないが、料理コンテストのトルコアイスの分は確保してある。」
樹の話によると、王都キッベールの薬品市場での価格はここでの価格の50倍とか………中間マージン酷すぎないか?
「しかも談合で価格を下げないようにしていた。」
カルテルってやつか。さすが異世界。利益を上げる為とはいえ、えげつないなぁ。
樹が何度目かの松明を洞窟内へと投げ入れる……
お!今度は炎が残ってる。
「………そろそろかな?早くワイルドベアを回収しよう」
討伐した証拠に部位が必要らしいけど、何処の部位か聞き忘れました。なので全部持ち帰らないと………熊の胆とか素材も売れるそうだしね。
精霊術を切り上げて洞窟内へと入る5人……舞姉ちゃんが先頭で桔梗さんが最後尾を担当。隣て歩く樹は洞窟内の壁とか地面を調べながらゆっくりとした歩行だ。
「錬金術を鍛えて無煙火薬でも作ろうかな……黒色火薬よりも高火力だし………」
……樹の独り言が怖いのだが?
「……ニトロ基を錬成して、C-4やTNTとか作っちゃう?」
おまわりさーん!ここにやばい人が!!
…………そういえば、パソコンゲームで俺の事をTNT爆弾の海へと沈めたヤツだったわ。『アスレチック作ったー』って騙して……
「騙してはいないぞ。ちゃんとしたアスレチックだっただろ?」
一歩でも踏み外すとTNT爆弾が待ち構えているアトラクションはアスレチックとは言わない。
「もちろん現実世界ではつくらないぞ?」
…………当たり前だ。作ろうとしたら通報する。
そんな俺と樹のやりとりを複雑な面持ちで見つめていた桔梗さん……
「娘の理乃は銃火器による被害のトラウマを治療する研究もしているの。だから銃火器はこの世界では封印しているので……私としては爆弾とか火薬とか広めて欲しくは無い」
「………分かりました。爆発は男のロマンですが秘匿します。」
俺にはそんなロマン持ち合わせていないぞ?
……そして『作りません』とは言わないんだね。
「ワイルドベアみたいな凶暴な生き物と戦う為の手段だ。広める事はしないけど、封印はしたくない」
……あくまでも防衛の為の手段……か。
「みんなー早くくるのー」
中々奥に進まない皆に剛を煮やした舞姉ちゃんがせっつく。
………うわぁ。
洞窟の最奥にはワイルドベアが口から舌を出して息絶えていた。泡の様な物を口周辺に浮かべて……
「これ……素材としての価値あるのか?」
毛皮は……ボロボロ
熊の手は………グチャグチャ
肉は…………どう見てもウェルダン
とりあえずアイテムボックスへ…………入らないです。
「私のアイテムボックスへ収納しておくよ」
桔梗さんがそう言うと素早くワイルドベアを収納する。あまり見たくないもんな……現実世界だったらモザイク案件ですわ。
「ひとまず小人族の集落へ寄って、討伐完了のサインをもらって……王都へは明日の帰還でいいかな?」
桔梗さんの意見に反対する者はいなく、小人族が暮らす山の集落へと戻っていった。




