007 緊急クエストは厨房で
スピアーズボア……普通の猪の牙は反り返っているけど、この猪は真っ直ぐ突き出ている。
左右2本の牙を突撃槍のように攻撃して来るが……最小限の動きでそれを交わし、すれ違い様に右前足を切断。
その後も攻撃を受ける事無く……動かなくなったスピアーズボアと全く息が乱れてない母ちゃん。
……俺?3メートル位の高さにある木の枝に登ってます。
木登りした事なかったけど、人間いざって時は思った以上の力を発揮するね。
眼下には怒り狂ったように俺の登った木へと体当たりを繰り返す猪が1頭。
始まりの町から南西に40分ほど……森の中の獣道を進み、討伐対象のスピアーズボア見つけたのでゆっくり接近しようとしたのだが、
気付かれて反撃してきた。しかも茂みからもう1頭。
俺は、さすがの母ちゃんも2頭同時は厳しそうだと判断したので、足元の枝と石を拾って近場の1頭へ投げつけた。
10メートル位離れていたけど、拳大ほどの石は見事に命中。
敵意が自分へと向いたので、成功と安堵したが
10メートルの距離を一瞬で詰められ、攻撃を受けた事にはびっくりした。
あわてて近くの木の枝に登りきり何とか一息く。所持していた回復薬を一気にあおった。(まずい!)
攻撃しようにも、ショートソードは母ちゃんに渡してある。せめて攻撃出来る術を覚えていれば加勢できて良いのだが……
母ちゃんの方はどうなったろう?と見てみると
スピアーズボアを木の枝と蔦を使って逆さ吊りしている。
「母ちゃん?こっちのスピアーズボアもお願いしますよ。」
「もう少し待っててー。すぐ血抜きしないと不味くて食べられないからー。」
食べるんかい!
しかも……息子が危険なのですが……
相変わらずマイペースすぎるよ。
「大丈夫よーその高さなら届かないからー。」
危険度はすでに見切っていての行動ですか。
確かに登ってからは安全だったし。
「お待たせー。」
母ちゃんはゆっくりこちらに歩み寄って来る。俺に意識を集中していたスピアーズボアは、母ちゃんに気付いて攻撃対象を変更しようとするが、遅すぎたようだ。
首筋から大量の血しぶきを上げ、スピアーズボアが崩れ落ちる。剣筋全く見えませんでした。間近だったのに……。
「もう少し長さと重さが欲しい所かなー。」
「報酬入るんだから、自分で買ってよ。」
人から借りていて文句言わないで欲しい。所持金の関係でこれしか買えなかったんだよ。
何はともあれ、これでスピアーズボア2頭討伐したので後1頭だ。このまま母ちゃんに任せて…なんて考えてたら母ちゃんからショートソードを返された。
「最後の1頭は竜司クンに任せてみようと思うのー。」
はい?世の中には適材適所っていう
「私が全部倒したら、竜司クン成長しないでしょー。」
えーっと獅子が子供を谷に突き落とすアレですか?
パワハラですよ?
一度言い出したら曲げない母ちゃんの性格を知っているので、渋々ショートソードを受け取る。
「そこの茂みの奥に1頭いるからー。」
氣功術のLV2 『気配察知』の効果だそうだ。
周囲にはその他に敵影は無いので、俺に任せるらしい。
「骨は拾ってあげるから安心してー。」
骨になる前に助けて欲しい。
茂みを進むと開けた場所にスピアーズボアがぬかるみで泥んこ遊び(?)みたいにゴロゴロ転がっている。
覚悟を決めてショートソードを構えるとスピアーズボアも泥遊びをやめて戦闘体制に入った。
上段から振り下ろし、水平になぎ払い……
素人なりに頑張ってはいるが、致命傷には至らない。
「深いよー。もっとこうーズバッとー。切っ先3寸をビシッとー。」
これで理解出来る人いるのだろうか。
一撃一撃はそんなにダメージは与えてないけど、チリも積もればーって感じで何とか撃破。ゼーハーゼーハー肩で息をする。
母ちゃんは一部始終見守っていたが、一切手を出さなかった。
時々アドバイス(?)らしき発言はしていたけど、そんなの気にしてられない位必死だった。
「お疲れ様ー。やれば出来るじゃないー。アドバイス通りにやればもう少し早く討伐出来るようになるよー。」
「…………」
色々言いたい事はあるけど、とりあえずノルマクリア。血抜きが終わって少しは軽くなったスピアーズボアを背負子にくくりつけ(俺が2頭で母ちゃん1頭)ガラリーの町へ戻る。
町は昼を少し回った辺りか。
こっちの世界では昼食という概念は無いようで、その分朝と夜にガッツリ食べる感じ……なんだけど……
現実世界の食事レベルを知っていると、こっちの食事に少し……いや、かなり不満がある。
基本焼くか煮るかの2択。蒸す……のは難しいとしても、揚げるや炒める………位はあってもいいけどね。
まぁ、生は無理か。
調味料も醤油や味噌などと高望みはしないけど……塩だけってのは正直キツい。
ギルドカウンターでクエスト達成を報告して買い取りカウンターでスピアーズボアを売る。
銀貨3枚+銀貨3枚(スピアーズボア代)で野宿回避!!
「私お金の管理苦手だからー、竜司クンに任せた。」
はい。丸投げきました。
まぁ現実世界でも家計簿つけているのは俺だからいいけどね。
とりあえず同衾は避けたいので、部屋を2つ(銀貨1枚)おさえたのだが、カウンター奥がざわざわしている。
「何かあったのかなー?」
「ギルドの職員たちが慌てて出てきたね。」
そしてそれぞれのランク掲示板に黒いピンで依頼書を貼り付けていった。
依頼の種類によって色分けされていて
赤は討伐
緑は採取
青は探索
白は護衛
そして黒は緊急
この時間に緊急クエスト発生って珍しいらしい。
ギルド内に残っていた数人の冒険者達もざわつき始めている。かといって緊急クエストを受ける気は無いようだ。
「確かに緊急事態だねー。」
クエスト内容を読んだ母ちゃんが呟く。
すごいな。俺は意識を集中しないと文字読めないのだけど。
流石は元現代国語教師。
そんな事より緊急クエストだ。
「求む料理スキル3以上……依頼内容……今日の冒険者ギルドの夕食作り………報酬は銀貨5枚……って……ええっ!!」
確かに緊急事態……なのか……