063 無防備は無一文で
2022年 6月14日(火)〜15日(水)異世界サイド〜
「やっと晴れたか……」
朝日が昇る水平線を見ながらつぶやく。頬にあたる潮風が心地よい。ひと通り伸びをしてコキコキ鳴らしたあと乾燥肉を鍋で戻しながらスープ作りに入る。
「何とか7月までには王都へ戻れそうなのじゃ」
スープ鍋を見ながらリリーは安堵の息を吐く。
5月から始まった昇級クエストだけど、300キロという道のりなので日数がかかっている……そのあたりは自業自得ではないだろうか?本来なら隣町との往復でせいぜい10日前後の日程だからね。
「それでも美味しいものが食べられたから良かったのじゃ」
そういえばアズさんも最近は料理してないな……
朝晩の食事はいつも俺達と一緒にいる……まぁ、食材がリリー達のアイテムボックスだからしょうがない。
明るくなるにつれて他の人達もモソモソ起き出して来たので仕上げのカレースパイスを投入してスープカレーにしていく。もちろん2鍋で激辛鍋も作る。
「夏場はここで海水浴とかもいいかもなー」
朝食を終えて野営の撤収作業をしながら樹が同意を求めて来た。確かに波は穏やかで潮風とか気持ちいい。ただ……6月にしては気温が高くないから海水浴には肌寒いだろうなぁ。水温も高くなさそうだし。
「『かいすいよく』とはなんじゃ?」
リリーが耳ざとく質問してくる。
「そうか……日本でも海水浴は幕末の頃に医療目的で始まったのが起源だったっけ」
幕末か…………ペリー来航が……確か………1853年だから19世紀……意外と海水浴って古くはないんだね………って樹はなぜそんな知識があるのだろうか?
「ほう。そんな『れじゃー』があるのか。為になるのう」
樹から海水浴レジャーの概要を聞いたリリーが悪人顔みたいな笑みを浮かべている………海水浴レジャーを始めるとして、海の家とか作るのかな……
日本の海水浴レジャーはコロナ禍の影響もあって去年、一昨年と閉鎖していた所がほとんどだったが、今年は3年ぶりに開設するとかニュースで言ってた。
「さて、そろそろ出発しますか。」
2台の馬車が連なって軽快に進み、俺と樹はやっぱり走って追従する。途中に中小の商隊を追い越したり、すれ違ったり人の通りは活発だ。
みんな雨での足止めがきついから出来るだけ距離を稼ごうと皆無言で歩いている。
ジョギングにも慣れたもので、この位の気候なら走ってもいいかな……なんて思い始めた頃『アイカサ』の町が見えて来た。
「で……でかいな」
高さ15メートルの城壁。言葉で聞いても軽く聞き流す程度で何の感情も浮かばないが、いざ現物を見るとその存在感に圧倒される。
城門の入り口でそれぞれのギルドカードをチェックされるも、無事にアイカサの町に到着した。
「昇級クエストを一時中断するのじゃ!」
冒険者ギルドでの中断宣言ののち、リリーに注意されたのが
このアイカサの町の中心部……第一エリアと外周の第三エリアの北西部……(時計の9時から12時)には立ち入らないよう念押しされた。ダンジョンや教育機関がある第一エリアはもちろん行けないし……え?そうじゃなくてスラム街で何かあっても保護しきれない……と。
同様に北西部は高級住宅街で、何かあっても外交関係上手出し出来ない……と。
北西部は……大使館って考えた方が分かりやすい。
その後も『夕食までにはギルドへ戻るのじゃ』とか『財布は常にアイテムボックスへ入れるのじゃ』など遠足へ引率している先生のごとく注意喚起するリリー。
とりあえず今夜の宿代を払い、騎士団の場所と市場が立つ場所を聞く。
とりあえず今回も手っ取り早くカレースパイスのボア串かなー。医療品市場を回ってスパイスの素になる素材を購入してはアイテムボックスに詰めていく作業。
錬金術の教育機関がある事もあって種類が豊富だ。嬉々として色々買い漁って……これを販売出来れば、かなり路銀に余裕出来そうだぞ。
それにしても人通りが多い。今月の始めに埼玉の川越の街並みを歩いたけど、それ以上の人通りだ。
「気を付けろ!」
「ごめんなさい」
思わず反射的に謝ってしまうのはクセなのだろうか……
道中すれ違い際に人と肩がぶつかり合うほどの混み具合。
「ふう。やっと着いた」
騎士団詰所にたどり着き、市場の説明と出店費用を聞いて…………財布用の巾着袋が無い事に気がついた。
「………マジですか……」
………あれ程リリーから注意を受けていたのに、やられました。残り銀貨5枚程度だったけど、それでもくやしい。
もちろん後払いなど出来ずに、出店は取り止めました。
「だからあれほど……」
露店の販売をキャンセルしてトボトボ戻った冒険者ギルド。
全員に事の顛末を告げたら、リリーからは明らかに侮蔑の小言が……
宿代とかあらかじめ払っていたからいいけど、都会って怖いな……
とりあえず滞在はせず、明日アイカサの町を後にする事を告げ、寝室へと直行した。




