057 『ありがとう』は魔法の言葉で【後編】
「私はてっきり、こっちの世界でも髪の毛が薄くなったかと勘違いしまして」
お恥ずかしい……と照れ笑いする誠さんだけど、その自虐ネタ(?)はコメントしずらいからやめて。
楓さんも誠にさんの頭を見ないようにしているし。
「現実世界では明日……私の納骨なんですね」
百合香さんはフリーズしたままで何も話せないので
俺が丸山さん宅でのやりとりを説明する
(まあ、無理もないか)
「何から何まで……ありがとうございます。」
「すみません。あまり力になれなくて……」
「いえいえ。こうして……百合香と桃に会えただけでも僥倖です。」
ひとしきり樹とかけっこして遊んだ桃ちゃんは疲れてお昼寝中。チューリップハットや赤いランドセルに見立てたリュックサックもそのままで。よっぽど気に入ったんだろうな。
現実世界でいきなり『弔問に行く』って言い出した時は焦ったけど、逆に行かなかったら……納骨も終わってて誠さんは百合香さん、桃ちゃんと会えなかった訳で……
「昔から言うのよー『巧遅は拙速に如かず』ってねー」
ドヤ顔の舞姉ちゃんがちょっとウザい。
「あ!!市場に醤油を売りに行かないと!!」
突然立ち上がった誠さんは寝ている桃ちゃんをおんぶして全員を引き連れ町の郊外にある醤油工場へ案内した。
工場……っていうより民家を改造した造りのそれは木の樽から魚醤の独特の香りが漂って……
確かに、この臭いがあるから町中では作れないよなー。
塩揉みやら絞りやら全部手作業で大変でした……と誠さんは軽く言うが……1からこれを作り上げるって本当すごいよ。
どこか懐かしむように……愛おしむように魚醤の樽を眺める誠さん。
2〜3分眺めた後、頬を軽く叩いて今日の販売分をアイテムボックスへ入れていく。DDランクのアイテムボックスは容量がスポーツバック1個分(40リットル)しかないので、他の魚醤はリアカーの荷台に。俺達全員も手伝い市場のすみっこへ向かう。
噂が噂を呼び、大盛況の内に魚醤は完売。
「今回で製造した分は完売しました。また次回分も製造始めましたので、完成した時はよろしくお願いします。」
深々と群衆に向かってお辞儀をする誠さん。
「待ってるよ」「頑張ってね」「美味しかったよ」
所々聞こえてくる声は友好的な激励が多かった。値段も安く設定してあるから、いろんな人が買って行ったのだろう。
誠さんは「次は……」と仕入れ先の水産物の水揚げ場へ
「……これって引き継ぎだよな……」
樹が無言で頷く。
百合香さんも誠さんの意図を理解したのか表情は真剣で、昼寝から目覚めた桃ちゃんもパパにべったりだ。
水揚げ場の責任者らしき人と百合香さん、桃ちゃんを引き合わせた誠さん。そしておもむろに建物周辺を歩き眺めている。物言わぬ背中はどこか寂しそうで……
「よし。それなら夕食は俺が腕によりを……グブッ!」
樹のボディブローが鳩尾に食い込み
「最後の夕食は家族水入らずの方が……」
「竜司クンはー空気を読むのー」
……元気つけて欲しかっただけなのに……
その後丸山さん一家と別れ宿屋に戻った俺達。リリーが迎えに来るまでの間……3人から説教を受けた。
2022年 6月 5日(日)〜 6日(月)異世界サイド〜
朝食は醤油工場近くに集まってバーベキュー。
てっきり丸山一家3人で最後の時を迎えるかと思ったが
『お世話になった神代さん達と一緒に』と誠さんからの提案だ。なぜかリリー達もいるけど。
百合香さんは明るく甲斐甲斐しく誠さんの世話をやいて、桃ちゃんもそのお手伝いだ。
俺は焼き台てひたすら焼く係。魚や貝、以前作ったボア串やおにぎり、玉ねぎやニンジンなどの野菜……
何か作業をしていないと、涙腺が崩壊しそうで……
「無事に納骨は済んだそうです。」
誠さんは自家製の魚醤を手に焼き台へと歩み寄ってくる。
自分自身の納骨を語るって……不思議な感覚だ。
昨日の正午過ぎに見た誠さんと今の誠さん……透過の割合がかなり進んでいて、いまでは後ろがハッキリ見える。
「後数時間でお別れなのは残念ですが、桃のランドセル姿が見れて……良かった。」
そういえば入学式の写真は百合香さんと桃ちゃんの2人だったか。
「誠さんは……怖くないんですか?」
「そりゃ、怖いですよ。昨夜なんて……一晩中百合香と泣いてましたから。『死』はやっぱり怖いんですよ。」
『でも……』と百合香さんと桃ちゃんを眺めながら
「残された人は前に進まないといけない。時々振り返るのはいいけど、立ち止まってはいけないんです。」
「………」
「だから『ごめんなさい』ではなくて、笑顔で『ありがとう』でお別れしたかったのですが……」
頬伝う涙はとめどなく
「私は……割り切れる程……強くはなかった。」
俺も舞姉ちゃんも……
樹も楓さんも……
イディさんもミディちゃんも……
丸山一家を見つめたまま誰も言葉を出せない。
ゴーン……
正午の鐘が鳴り始め
誠さんの透過がさらに進み………
「神代さん……本当にありがとうございました。」
ゴーン……
透けてゆく足にしがみつき『パパ……』と泣きじゃくる桃ちゃん
「桃……ランドセル姿……可愛かったよ」
ゴーン……
「百合香……桃の事頼んだ。今までありがとう。」
「誠さん……」
二人の唇が一瞬だけ触れ……
誠さんの姿が完全に見えなくなり
誠さんを型どった光がゆっくりと空へ登ってゆき……
……
………
呪霊術LV10『輪廻転生』
突如、静寂を破ったのはリリーの術
空へ登っていく光の塊は方向を変えて
リリーが上空へ掲げる手のひらへ集まり
やがて小さなゴルフボール位の大きさになった。
そしてリリーは百合香さんへと歩み寄ると同時に光の玉を誘導する。
突然の出来事に身動きが取れない全員に向けて
「もう少しなのじゃ」
額に汗を……苦悶の表情をうかべながら両手をゆっくり突き出すリリー。
やがて光の玉は百合香さんのお腹へと吸い込まれ
「ふう。無事に着床したのじゃ。」
と事もなげにサラリと流すリリーに対して
俺を含めて全員が……理解するまでしばしの時を要した。




