030 総評は及第で
遠吠えの声はまだ遠いが、徐々に近づいている感覚がある。
空は夕暮れのオレンジから紫に変わり、全員の緊張感がひしひしと伝わる。
戦闘が刻一刻迫りつつあった。
「楓さんはー、火を絶やさないようにねー」
舞姉ちゃんは、この事態でも平常運転は変わらない。
リリーが張った結界との距離を歩数で確認し、焚き火から7〜8メートルの所に薪木をライン代わりに置く。
「この薪木からこっちには来ないでねー」
舞姉ちゃんはさらに南……森の方面へ3〜4メートル移動。
もうその辺りだと焚き火の光はほとんど届かないだろうに。
「樹君と竜司クンはー、撃ち漏らした敵をよろしくー」
「お……おう」「姉ちゃんも無理しないで。」
舞姉ちゃんは一瞬だけこちらを向いてにっこり微笑むと
森の方へと向き直り……静かに刀を抜いて
刀身をあらわにした。
焚き火の場所は
結界外周の西側の真ん中にあるので、東方面からは大丈夫。
森の方面である南側は舞姉ちゃんが抑えている。
俺は西側を警戒し、樹は3人で描く三角形の中心に待機
遊撃に徹してもらう。
急造の防衛陣だけど、舞姉ちゃんが抜かれたら
俺達だけで対応出来るか?
いや、舞姉ちゃんを信じるしかないだろ。
両頬を叩いて気合いを入れる。
もう少し時間があれば篝火とか用意出来たけど
無い物は無い。
そして空が紫から完全な黒に変わった時
唸り声が南側から響いて来た。
「みんなーくるよー」
背中しか見えない舞姉ちゃんからは
緊迫感が無い緩慢とした声が聞こえてくる。
ただし、声とは裏腹に動きは俊敏。
舞姉ちゃんへ飛びかかって来た大型犬に対し、
中段の構えから……「霞の構え」に移行したかと思えば
袈裟斬りからの返し刀で大型犬の首から上が消える。勢い余った生首は楓さんのそばまで飛んで行き、
「ひいいいい!!」
と楓さんは結界の壁にすがりつく。
トラウマになるぞ……それ。
しかし……でかいな。「大型犬」で有名な秋田犬で60センチ位だが、その秋田犬の一回り……いや、二回り大きい……80センチクラスある。
こんなのに喉元噛みつかれたら一発であの世行きだよ。
舞姉ちゃんへ視線を戻したのだが、いつのまにか舞姉ちゃんの両脇に2頭追加された3頭の大型犬の死骸が横たわっている。全て頭が無い状態で。……いつの間に……
そして再び「霞の構え」で迎え撃つ体制を取り
静止している。
「………」「………」「………」
始めて見た舞姉ちゃんの本気は
言葉に出来ない位凄まじい
「ほう。なかなかやるのじゃ。」
馬車からの『高みの見物』に徹しているリリーは楽しげに成り行きを見守っていた。
「ほらーよそ見しない。そっちに2頭行ったよー」
大型犬も徒党を組んで襲ってくる連中だ。むやみやたらと特攻する馬鹿では無い。3頭が瞬殺されたと分かれば、舞姉ちゃんから距離をとって行動する。
しかし、よくこの暗闇で2頭がこっちに来てるって分かるよな。
「氣功術だよ」
いつのまにか側へ加勢に来ている樹がショートソードを抜き放ちながら教えてくれた。
そういや樹も氣功術使えたっけ。
「それより、来るぞ!」
俺も倣ってショートソードを抜いて身構える。
暗闇から視界に飛び込んでくるのは大きく開いたあぎと
唾液でヌメッとした犬歯が焚き火の光で煌めく。
速度は速いが、直線的な攻撃はボアで散々慣れている。
半身になり、すれ違い際に首筋へショートソードを袈裟に振り下ろす。手応えはあるのだが、浅い。
そして閃く。相手は勢いよく突進して来ているので、ショートソードのリーチを考えれば……
俺は追撃すべく対峙した大型犬へ突進し……
「はあっ!!!」
ショートソードを大型犬の口へ突き刺す。
大型犬の勢いを利用すれば武器のリーチの差でクロスカウンター気味の攻撃でも有効だ。
樹が担当した1頭も首筋から大量の血しぶきが上がってる。
倒れ込むのを確認した樹は、俺に向かってサムズアップしながら……
「ナイス!竜司!」
「竜司君!」
樹と楓さんが俺の名を呼ぶ。ただし、意味は正反対。
方や賞賛。そしてもう片方は……
背後から飛び込んでくる大型犬。迎え撃つにもショートソードは1頭の頭に突き刺さったままで引き抜けない。
(くそっ!もう一頭来てたか!)
とっさに剣を手放し真横へ転がる。
大型犬の攻撃は間一髪、回避出来たのだが……
俺が回避した事によって楓さんが攻撃に晒され……
「きゃあああ!!」
「姉貴!!」
楓さんと大型犬の間に入った
樹の左腕に大型犬が噛み付く。
「樹ーー!!」「樹!!」
樹は左腕を噛み付かせたまま、右手のショートソードを喉元へ突き刺し……大型犬は力無く、だらんとなった。
食い込んでいる左腕から大型犬の牙を外していると
舞姉ちゃんが駆け寄ってくる。
「全て片付いたのー。」
見れば舞姉ちゃんの元いた場所には7頭の首が無い大型犬の死骸が。息一つ乱していない舞姉ちゃんに全員が息を呑む。
舞姉ちゃんは大丈夫だとして……
「樹!大丈夫か?」
「悪い。ちょっとシクッた。」
痛みで顔を歪ませつつも、気丈に振る舞う樹。
回復術LV2『回復』
楓さんが
水を精製して消毒した後に回復術をかける。
「終わった……のか?」
フラグにしか聞こえないセリフだが、
それ以外の言葉は思いつかない。
「ふむ……「合格」までは言えぬが、「及第」なのじゃ。」
馬車から傍観していたリリーが総評する。
「反省は現実世界でする事にしよう。」という話になり、
引き継ぎ夜の警護にあたるべく
俺と姉ちゃんはテントに入ることになった。
興奮のあまり、中々寝付けなかったのは
無理もない事だと思う。




