012 やわらかいパンは人気殺到で
「へー澪ちゃんねー」
夕食後の母ちゃんは少々ご機嫌斜めだ。
話題は同級生の女の子。異世界の教官と瓜二つだった事を告げた時からずっとこうだ。
異世界の住人達は総じて西洋系の顔立ちや髪の中、あの時の教官は東洋系の顔立ちだった。しかも背中までの流れるようなサラサラな黒髪。伏し目がちな黒い双眸。
……ところで何で俺は正座をしているのだろうか?
後ろめたい事は何もない……はず。
少なくともBBランクまで上がっているのだから、この世界は長そうだし、色々と教えてくれるかなー。
同一人物だった場合だけどね。
「それで?今日はどうするの?」
「んーとりあえずスピアーズボアの討伐を樹クンと2人で受けてみるかなー。樹クンの実力も知りたいしー。」
「俺は?」
「仕入れや仕込みを。やっぱり……まともな食事は必要なのー。」
ごもっとも。
朝食用の出汁と下ごしらえを終えてベッドへ向かう。
明日からはお互い仕事と学校なので早めに就寝する事に。
とりあえず目覚まし時計は5:40にセットした。2人分のお弁当も作らないとねー。
異世界で目が覚めると同時に跳ね起きて、ギルドホールの掲示板へ。スピアーズボア討伐クエはギリギリゲット。
赤ピンを取得すれば挑戦出来るビーチフラッグの要領だ。
あれ?何で俺がクエスト受け付けダッシュをしているんだ?
まあ、樹は取れなかったから結果オーライなのだが。
朝食を注文する頃、遅れて舞姉ちゃんはゆっくり階段降りて来る。
「明日からは自分で獲得しろよー」
赤ピンを渡して朝食を摂る。食べながら周囲を観察しているのだけど、澪ちゃんらしき人物は見当たらない。
「本当に澪ちゃんなのか?」
そういや樹は教官の姿は見たことなかったっけ。
「本人確認はしてないけどね。でも……そっくりだったよ。」
朝食を食べ終え、舞姉ちゃんと樹は森へボア狩りへ。俺は市場へ食材求めに。
前回は『ボアかつ』だったから今日は鳥かなー
町の中心部にある市場は午前中もあって人で賑わっている。小さな個人店が集結したような場所で果物や野菜、穀物、雑貨や衣料など雑多だ。
穀物を扱っている店で米を見つけたが、長粒種だ。……これも米といえば米だが。
この町は北西に大きな湖、南西に広大な森、北東と南東へ街道が伸びていて東は穀倉地帯。海からはかなり距離があるので海産物はほとんど来ないそうだ。
湖も魔物がいるので漁業は成り立たないらしい。残念。
肉はギルドに納品される猪やウサギ、ヘビ、熊などがメインで市場で取引されるのは冒険者が帰ってくる昼以降。
なのでここでの仕入れは、付け合わせ用の野菜がメインになる。一昨日は120食の売り上げだったので、今日もそのくらいの見込み。
そして今回はパンも自分で作らなければならない。
強力粉を探したけど、小麦は全粒粉しか置いてなかった。
さらに市場を散策して……やっと見つけたのは果物屋で発酵したレーズンを小さな壺に入れていたもの。パンの種……酵母として使えそうだ。
パンを作るのに、重曹や灰を使うのを覚悟していたから、めちゃくちゃ嬉しい。
ギルドの厨房へ急いで戻り、パン作りに精をだす。何せ120食だ。
材料を合わせて……1次発酵……こねて……形成して……2次発酵……っと。
料理スキルのおかげで発酵時間が1/4になるのも助かる。
なにせドライイーストやベーキングパウダーが無い世界だ。
天然酵母で作ろうとしたら、料理スキルなきゃ時間がかかりすぎる。
午後になったら、いい感じに膨らんできた。
焼き上げはスタッフに任せて……
ギルドの買取カウンターで今日の納品物をチェック。鳥はなかったので、兎を大量に引き取り捌いてもらう。
ニンニクとローズマリーをオリーブオイルで炒め、その脇に下処理したウサギを皮目を下に焼いていく。トングで焼きムラが無いように押さえつけてー
皮はパリパリじゃなくてバリバリになるぐらいまで焼けば、反対側は軽く焼き目をつけるだけで……中まで火は通っている。味付けは塩のみ。
ニンニクはそのまま付け合わせに使用。
焼いている最中にスープとして根菜とボアをじっくり煮込んで……
見ていたスタッフに焼き方をレクチャー。俺は仕上がりをチェックするだけにはなってきた。
スタッフがいて助かる。1人で120人分は無理。
途中姉ちゃん達がクエから帰って来たけど、流石に抜けられない。樹の様子とか聞きたかったのにー。
それにしても次から次へ注文が入る。
1品メニューしか無いので数だけ捌けばいいのだけど………
ギルド受け付けのお姉さん達もお土産とか言い出した。
朝食用にも……って余分に焼いたパンがどんどんなくなっていく。
普段のパンはすんごく硬いからなー。
今日のパンは焼き上がりに味見したけど、多少は柔らかくなってはいた。欲を言えばもう少し発酵させれはかなり柔らかくなるけど……
それでもパンはどんどんなくなって……
朝食どころか夜になった頃には売り切れました。
自分の分は確保しておいて良かったよ。
それにしても自分の作った料理で喜んでくれるのは嬉しいなー。




