フォーゼルにて 3
「随分賑やかだな」
カテナが戻って来たのはもうそろそろ食べ終わると言う頃だった。
「カテナ」
ほっとした様子のシュレリアの隣の空いていた席に座ると、店員が水を持ってきた。
「とりあえず彼にもクリームシチューを」
「はい!」
すぐに店員が厨房へ向かい、クリームシチューとパンを持ってくる。それだけではカテナは足りないので、追加でウインナーと温野菜のサラダを頼んだ。
「それで、どうでした?」
「行った時間が遅かったから明確な返事は貰えなかったけど、明日使ってない馬車と空いている馬がいるか見てくれるって。あ、美味いなこれ」
クリームシチューはチーズも入っているのか、コクがあって見た目以上に食べ応えがあった。
追加で頼んだ温野菜サラダを食べつつシチューのお代わりも食べ終えたカテナは、サービスのお茶を飲みながらまた明日乗合馬車の運営を訪ねると言った。
「明日は馬車と馬の都合が付くか確認して、問題なければ早くて明後日引き取りになると思う」
「あ、明日は私もついて行くわ。どんな馬車になりそうか見たいし、乗合馬車の運営だから大丈夫だとは思うけど、ぼったくりがないか気を付けなきゃいけないし」
良くも悪くも素直なのだ、カテナは。
「ならわたくしも参ります。明るい時間帯ですし、良いですよね?」
明日は置いて行かせないとばかりにシュレリアが言うと、カテナは苦笑しながら頷いた。
「キリテはどうする?」
「俺は宿にいる。ルルはついて行くか宿に行くか、好きにして良いぞ」
『わかった!』
キリテは人前に出る時は気を付けなければいけないことが沢山あるけど、ルルは精霊と思われているので特に気を付けることはない。
精霊は、自由気ままで人の定めたルールに縛られないから。
「それじゃ、部屋に戻ってお風呂入ろうか」
「はい」
部屋に戻って着替えを用意しながら、私はあることに気づいた。ある意味、とても大切なことだ。
「そう言えばキリテ、お風呂入れないんじゃ……?」
顔を晒すのは仕方がないとしても、羽はアウトだ。絶対に晒してはいけない。
家では一人ずつだったし、そもそも全員羽のことを知っているから問題なかったけど、これから先キリテはお風呂に入るのが難しくなる。
「あー……。その問題があった」
キリテも忘れていたのか、どうするかと頭を搔いている。
「とりあえず今日は湯だけもらって、お前ら風呂行ってる間に体拭いておく。明日以降の事はまた考える」
「そうだね、それが良さそう」
キリテが体を拭く時間も必要なのでシュレリアと二人で一緒にお風呂に入ったけれど、そこでシュレリアと私の体格差に静かにショックを受けた。
まずシュレリアは私に比べて背が高い。いや、私が平均より低いだけだ。
それから体形もシュレリアはメリハリがあるのに私はメリハリがない。いや、これはスレンダーな体形と言うやつだ。
悲しくなって、体形から目を逸らすために今まで聞くことのなかったシュレリアことを聞いてみた。
「シュレリアは、何歳ぐらいの時に神殿に引き取られたの?」
「わたくしですか? 孤児院育ちなので多分ですが、十歳になる前でしたね。何せ貧乏な孤児院でしたので、一人一人神殿に連れて行く余裕はないので年に一度、神官様が来てくれたのです」
魔女の私には関係なかったけど、普通の人は皆、聖女の素質があるかどうかの認定試験を受ける。
それに受かれば神殿で聖女となるべく修行を積み、精霊に認められたら聖女を名乗ることが許される。
「聖女になったのは?」
「二年前です」
聖女となるために修行を積める期間は十年と決められている。その代わり、認定試験は十歳以上であれば何歳でも受けられるが、大人になれば成程合格率は下がる。
シュレリアは十七歳と言っていたから、聖女になったのは十五歳。五年で聖女として認められたのはかなり凄いことだと思う。
「それは凄い」
「手伝ってくださった皆様のお陰です」
その大半はカテナで、残りの半分は精霊、その残りが神殿の人達なんだろうな。
シュレリア自身気づいているか分からないけど、カテナに対してだけは比較的砕けた口調になっている。きっとシュレリアにとってカテナは、一緒に居て素の自分で居られる相手なのだろう。
精霊たちも契約こそしていないけれど、シュレリアに対して好意的で、ちょっとしたお願いは聞いて上げている。勿論、シュレリアがお礼をしてくれるからと言うのもあるが。
契約を交わした精霊は、契約主の魔力を対価にその精霊が持つ力を貸してくれる。精霊が持つ力以上の事は出来ないけど、出来ることなら100%力を貸してくれる。
それに対して契約していない精霊は、気まぐれに力を貸してくれるだけだ。とは言え好意を持っている人のお願いは聞いてくれることが多い。
私もモーラと契約しているからモーラに出来ることなら私の魔力を引き換えに色々頼むことはあるが、それ以外の精霊にも頼むことがある。そんな時は、大抵あれが欲しい、これが欲しいとおねだりされて、それを渡すことで手を貸して貰える。
つまり、精霊を見えない人より見える人のほうが好意的になって貰いやすいし、その中でも意思の疎通が出来る人のほうが願いを聞いて貰いやすい。
ただし精霊は気まぐれなので、確実に頼みを聞いて貰えるのは契約している精霊だけだけど。
シュレリアは精霊が見えて意思の疎通が出来る上に、頼まれたら断らずに引き受けてしまうタイプだから、精霊には好かれやすい。つまり、五年で聖女として認められたのはある意味当然の事だ。
「マール様は、三年前からあの森でお一人だったのですよね? 寂しくありませんでしたか?」
「寂しくない、と言えば嘘になる。でも、精霊たちがいたから、賑やかでそこまで寂しくはなかったわ」
先代が亡くなった時はまだ十二歳だったから沢山泣いて、暫くは何も出来なかったけど、精霊たちがいてくれたからなんとかやって来れた。グリンツも、先代が亡くなって暫くは良く様子を見に来てくれた。
見えない人には私が一人寂しく過ごしているように見えたかもしれないけど、気まぐれな精霊たちに振り回されたり助けて貰ったり、それなりに賑やかな時間を過ごしていたのだ。
「マール様はお強いですね」
同じ緑の、だけど私の目より明るい、ペリドットのような目を細めるシュレリアに、私はお湯を掬いあげてシュレリアの顔に掛けた。
突然のことにびっくりしたシュレリアに、私は不敵に笑って見せた。
「そうよ。魔女は心が強くないとやっていけないんだから」
「まぁ、仕返しです!」
シュレリアからお湯をかけ返されて、他に人がいないことを良いことに、のぼせるまで二人、笑いながらお湯を掛け合うのだった。
「遅かったな」
部屋に戻るとキリテとカテナは地図を広げて向かい合っていた。ルルはキリテのベッドの上で丸くなって眠っている。
「少しばかりマール様と話し込んでしまいまして」
嬉しそうに微笑むと、シュレリアはタオルで髪を拭いていく。腰まで届く髪をきちんと拭くのは大変そうだ。
私は量の多い癖毛だから、手入れに関係なく翌朝になれば髪が爆発している。
「シュレリアの髪って手入れ大変?」
「そうですね……。きちんと乾かさないとカテナが文句言いながら拭いてくるので、きちんと乾かすようにはしています。後はこれでしょうか。髪に良いオイルと櫛です。オイルを塗ってこの櫛で梳かすと、綺麗になります」
「へぇ……」
先代は私がもの心着いた時にはもうおばあさんで、森に引きこもっているせいかお洒落に興味がないみたいだった。お洒落より実用性。
私はお洒落に興味がないと言えば嘘になるけど、教えてくれるような人も、見本となるようなものもなかった。おかげで私も実用性重視になった。暗き森は秘境への入り口だから、流行なんて遠すぎるし。
「マール様は……まずは髪を切りに行きませんか?」
「髪を?」
「はい。町には髪を専門的に切る方々がいます。その方々に切って貰うと、今までとは違うイメージになりますよ」
髪なんて、自分で鏡を見ながら適当に切っていた。
村では母親が夫や子どもの髪を切るらしいが、専門で切る人なんていない。
「明日馬車の事を聞きに行ったら、髪を切りに行きましょう。マール様は髪を漉いて量を減らしたらもっと可愛らしくなると思います」
何かスイッチの入ってしまったシュレリアを止めることは出来ず、明日の予定に髪を切りに行くことが追加されるのだった。