フォーゼルにて 2
宿に戻ると、カテナは荷物から一冊の本を取り出した。
「明日から巡回の乗合馬車で王都に向かう。途中ある大きな町はイリスタ、センレス、ティグアルノ、メレイア、それから王都だ」
本は折りたたまれた地図で、痛まないように板で挟んでいたようだ。
「これがこの国の地図?」
机の上に広げられた地図を興味津々と言った様子でキリテが覗き込むと、カテナはキリテが見やすいように退いてくれた。
「ここが暗き森。ここが今いるフォーゼル。このぐるっと国の主要場所を通る太い道は巡回の乗合馬車の経路だ」
丁度良いやと地図を見ると、暗き森からあまり進んでいない。
「どれぐらい日数掛かりそう?」
地図の上では1㎝ほどの距離しか進んでいないのに、王都まではざっくり30㎝以上ある。
「俺たちがお前の所に行った時は、フォーゼルまで半月ほどかかったな」
「半月……」
今日一日馬車に揺られて居ただけで結構きつかったのに、半月も馬車とか大丈夫だろうか。見ればキリテも眉間に皴を寄せていた。
「町以外は泊まる所あるのか?」
「あぁ、乗合馬車用の宿泊施設が道沿いに建っている。だから馬車の中で休んだり、野宿は心配したりしなくて大丈夫だ」
「そうか……」
小さく呟くと、キリテは窓を閉め、ドアも鍵がかかっていることを確認した。
「キリテ?」
何をしようとしているのか聞こうと思ったが、それより先にキリテはマントを脱いで言葉通り羽を伸ばした。
「きゃっ!」
突然羽が広がってシュレリアが小さく悲鳴を上げたが、キリテは気にした様子もなく羽を動かす。
「暗き森に居た時は一緒に居たのお前らだけだったから別に羽気にしなくて良かったけど、羽を隠し続けるのは結構きつい」
強張った関節を動かすように羽を動かすキリテを見て、乗合馬車での移動はやめた方が良いかと思った。
今日は終着となる村からその次のフォーゼルだったので他の乗客はいなかった。おかげで馬車の中でキリテも多少羽を動かせていたが、数時間人前で羽に気づかれないようにするだけでかなりうっぷんが溜まっているようだ。
この調子では、夜宿にいる間だけしか羽を動かせない状態が半月も続けばどうなるか。
「カテナ、シュレリア、相談があるの」
「なんだ?」
「なんでしょう?」
呼ばれた二人も、呼ばれなかったキリテも不思議そうに見ている。
「乗合馬車での移動はやめた方が良いと思うの。代わりに、小さくても良いから馬車を買うか借りることは出来ないかしら?」
徒歩は時間が掛かり過ぎて論外だけど、馬は私も乗ったことないし、シュレリアが乗れるとは思わない。そうなれば、私たちだけが乗れる馬車が欲しい。
「馬車か……。探すのは可能だけど、何故だ?」
「キリテよ。ここから半月、夜以外私以外が一緒になる。そうなったら今日以上に窮屈な状態になって、その内爆発するわ」
爆発は例えだけど、天族は風雷を操る種族。ストレスで嵐が起きる可能性はないわけじゃないし、キリテの顔を見られたら、その後揉め事が起きる可能性もある。
歪みを封印するためにはキリテが必要だけど、そこに行くまでの間はキリテが問題の原因になるのは遠慮したい。
「まぁ、出来ればマントの下でも良いから羽を動かせると助かるな。予想以上にきついし羽に負担かかる」
今のキリテの状態は多分、私たちで言えばずっと正座をしているようなものだと思う。痛いし、痺れて感覚なくなるし、辛い。
「カテナ、馬車を探しましょう」
珍しくシュレリアがきっぱり言うと、カテナも驚いたようにシュレリアを見た。
「キリテ様はわたくしたちのために旅に同行して下さいました。わたくしたちはキリテ様に報いるためにも、出来るだけ負担のないようにするべきです」
「シュレリア……。分かった。乗合馬車の運営に、使っていない馬車がないか聞いてくる」
「わたくしも行きます」
カテナがマントに手を伸ばすとシュレリアも同行しようとしたが、カテナがそれを制した。
「大丈夫だ。俺一人なら暗くなっても問題ないけど、シュレリアも一緒だと危ない。マールたちと一緒に待っていてくれるか?」
「でも」
「シュレリア」
少し強く名前を呼ぶと、シュレリアはしゅん、と項垂れた。
「分かりました。気を付けて下さいね」
「あぁ。出来るだけ早く良い返事貰ってくる」
そう言ってカテナが部屋を出ると、シュレリアは閉まる扉をじっと見ていた。
『リア?』
じっとしているシュレリアを見て、ルルがシュレリアの背中にしがみついた。そのまま肩までよじ登るとぺちぺちと頭を叩いた。いや、撫でた。
「有難うございます、ルル様」
『リア、元気、なった?』
ぺちぺち叩き続けるルルに、シュレリアは小さく頷く。
「はい。ルル様のお陰で元気になりました」
『リア、元気! ルルも、元気!』
にぱっ! と笑うと、ルルはご機嫌に尻尾を振る。
『マール! ご飯、なぁに?』
そのまま私を見ると、期待に満ちた目で見てくる。
村で貰った料理も食べないといけないけど、空間魔法に入れておけば傷むことはない。
なら宿に泊まっている時ぐらいその土地ならではの料理を食べるのも、私の料理の勉強になって良いのではないだろうか。
「ルル、その場所その場所での美味しい料理食べたい?」
『食べたい!』
「じゃぁ今日はここの名物料理食べに行こうか」
『めいぶつりょうり! 食べる!』
両手を上げて賛成するルルを見せると、シュレリアはくすくす笑い、キリテはため息つきながらも反対しなかった。
七時になるまで部屋でカテナを待っていたが、七時を過ぎても帰って来ないので食堂に行くことになった。カテナが帰ってきたら、食堂にいることを伝えて欲しいと受付にいた女性に頼んで。
「とても賑やかですね」
今までの旅では食事は部屋で取っていたとのことで、宿の食堂に初めて入るシュレリアは珍しそうに周囲を見回している。
食堂はテーブルが10個ほど置かれていて、泊り客と思しき人たちが思い思いに食事をしていた。
『人、いっぱい!』
ルルもキリテの腕の中で楽しそうに周囲を見ている。
フードを被ったままのキリテは怪しく見えるかもしれないけど、冒険者の中には顔を見せたがらない人もいるのでそこまで気にされている様子はない。
どちらかと言うとルルが人目を集めている気がする。全長50㎝の猫耳猫尻尾の生えた少女なんて普通はいないから。
ただ、精霊なら話は別だ。
精霊は力を得て自我が強くなればなるほど好きな姿を取るようになる。モーラは子犬のような姿だし、グリンツは老人、ルルのように動物の耳や尻尾を生やした子もいる。
つまり今のルルは、「気まぐれに人前に姿を現している精霊」と思われているわけだ。
「三名様ですか?」
入り口で空いている席を探していると、片付け中の店員が声をかけてきた。
「後からもう一人来ます」
「では四名様ですね! こちらの席すぐに片づけますので少々お待ちください!」
汚れた食器を重ねて除けて、テーブルの上を拭いていく。それから椅子の数を四つにすると食器の乗ったお盆を下げて、代わりに水の入ったコップを持ってきた。
「お待たせしました!」
勧められるままに席に座ると、店員はメニューを広げて渡してくれた。
「この辺りの名物料理ってあるかしら?」
「ありますよー! ホロロ鳥のクリームシチューです! この辺りはウッシの飼育が盛んなので、乳製品が有名なんですよ!」
暗き森周辺はウッシを飼っている所は少なかったので、チーズはあったけど新鮮な乳製品は貴重だった。クリームシチューなんて小さい頃に先代がとっておきの時に作ってくれたぐらいだ。
「お願いします」
あの懐かしい味を食べたくて、みんなの意見を聞く前にそう答えていた。
「はい! クリームシチュー三つですね! すぐにお持ちいたします!」
店員も打てば響くですぐに厨房へと向かって行った。
あっという間に決まった夕飯に、ルルが不思議そうに首を傾げている。
『マール、クリームシチュー、好き?』
勝手に決めてしまったのは申し訳ないけど、名物料理でもあるし許して貰いたい。
「えぇ。暗き森ではミルクは貴重だったから、クリームシチューなんて今までで数回しか食べたことないけど好きよ」
『ルルも、好き! リアは?』
「わたくしも好きです。優しいお味でほっとしますね」
そんな会話をしている間に、店員がクリームシチューの入った深皿とパンを持ってきた。
「お待たせしました! クリームシチューになります!」
テーブルの上に置かれたのは、大きく切られたホロロ鳥にポトトとキャロルがごろごろ入ったクリーム色。ふんわり甘い香りに心が浮き立つ。
「悪い。子ども用の取り皿とスプーンあったら貸して欲しい」
「お子様用ですか?」
「あぁ。こいつも食べるから」
そう言ってフードを被ったままのキリテがルルを指さすと、ルルは元気よく手を上げた。
『ルルも、食べる!』
元気一杯なその姿に、店員は目を輝かせた。
「精霊さんも食べるんですか!?」
『うん!』
「わぁ……! 精霊さんにうちの料理を食べて貰うのは初めてです! ちょっと待ってて下さいね!」
興奮冷めやらぬ様子で厨房に向かった店員は、すぐに子供用の深めの皿に入ったクリームシチューとスプーン、それから作り置きであろう料理を少しずつ盛り合わせた物を持ってきた。
「お待たせしました! 精霊さんが食べるって聞いたら店長張り切っちゃって! 精霊さんが食べきれなかったら、皆さんで食べて貰って大丈夫なんで!」
目の前に置かれた料理の数に、今度はルルの目が輝く。
一切れずつのチーズとハムの盛り合わせに潰したポトトとオスラ、ハムを混ぜたポトトサラダ、千切りにされたキャロルをドレッシングで和えた物に丸められたベキャツを煮込んだ物、それからデザートのケーキの切れ端と焼き菓子。
『わぁ……! ルル、これ、食べる、良い?』
「はい! 精霊さんに食べて欲しくて持ってきたんですよ!」
『シテ、ルル、食べる、良い?』
目を輝かせて食べたいと訴えるルルに、キリテはため息交じりに頷いた。
その瞬間ルルと何故か店員は喜び、ハンカチを置いたテーブルの上に乗せられたルルは早速キャロルに手を伸ばした。
「マール」
「ん?」
「明日から暫くおやつなしで」
「了解」
確かに出会ってから毎日ルルにお菓子を与えてしまっているので、暫く甘い物はあげるとしても果物だけのほうが良いだろう。
クルリもルルにお菓子をあげるのは偶にと言っていたので、町に着いた時ぐらいで良いだろう。
お菓子のあげすぎ、厳禁。
ちょっと体調崩し気味なので、更新遅くなったり間開いたりしそうです。
出来るだけ毎日投稿出来るように頑張りますけど、ダメだったらすみません。