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魔女の旅路  作者: ゆきのん
イスタリア編
7/33

フォーゼルにて

切りの良い所まで書いていたら、長くなりました……!

 ゴトゴトと揺れる馬車の中、私たちは少し遅くなった昼食をとることにした。

 村が最終地点なだけあって私達のほかの乗客はいないし、他の人の迷惑にならなければ飲食は禁止されていないから問題はない。


 本当なら乗合馬車を待つ間に食べるつもりだったけど、村長の所へ薬を渡しに行ったら村の人がいて、乗合馬車が来る時間まであれこれ聞かれたのだ。

 こうなるだろうと思って時間近くに村に来て良かった。余裕を持ってきていたら、シュレリアたちはぽろぽろ事情を説明してしまっていただろうから。


「皆様良い方々でしたね」


 医者代わりでもあった魔女が暫く旅に出るという事で、村の人は様々な物を渡してきた。

 有難いけど、旅に出る人に重い物はやめて欲しかった。壺に入った調味料とか、有難いけど普通なら運ぶのが大変だ。


「うん。みんな善意なんだけど、善意なんだけど……! 日持ちしない料理を一度に大量に渡されるとちょっと困るね……」


 お昼ご飯に夕飯にと渡された大量の料理は、男性二人がいても痛む前に食べきれる自信はない量だ。その上私も最後の食材消費にとお弁当を作っていたので確実に無理。


「とりあえず今食べる分以外貸せ」


 そう言ってキリテが手を差し出すので貰った料理を渡すと、キリテはそれを腰につけていたポーチに近づけた。次の瞬間ふと料理が消えた。

 そう、キリテは空間魔法が使えるのだ。

 初めこの事を知った時は驚いたし興奮した。だって、空間魔法は幻の魔法と言われていて、文献の中にしか存在しないと思っていたのだから。

 空間魔法はその名前の通り空間に干渉出来る魔法で、ここでは違う空間に物を入れることが出来る魔法と言われていた。ずっと昔は使える人がいたが、少なくともここ何百年は使える人が現れたとは聞いていない。つまり、キリテはとても貴重な存在なのだ。


 天族と言う時点で貴重な存在だけど。


 いつから使えるのか、どうやって使っているのか、入れた物はどこでどうなっているのかと矢継ぎ早に聞くと、キリテは私が興奮していることに首を傾げ、逆に空間魔法が幻の魔法と言われていることに驚いていた。


「俺が生まれ育った場所だとガキ以外みんな使ってたぞ?」

「いやいや、少なくとも私たちは使えないから」


 使えないか試してみたくて使い方を聞いてみたけど、キリテはなんとなくの感覚で使っているらしく、説明されても全く理解出来なかった。


「今まで何人もの魔女が使えないか試してみても駄目だったんだもの。多分だけど、凄く沢山魔力が必要だと思うわ」


 負け惜しみかもしれないけど、この仮説はそこまで外れてはいないと思う。


 キリテが生まれ育った場所と言うならキリテ同様魔力の膨大な天族の住む場所のことだろうし、体の成長と共に魔力も成長する。つまり、天族と言えど子どもの頃はそこまで大きな魔力を持っているとは思えないからだ。


 そんな仮説はともかく、キリテが空間魔法を使えると分かってからは、重い物やかさ張る物はキリテの空間に入れさせて貰っている。尤も、怪しまれないために最低限の荷物は自分たちで持っているけど。


 貰った荷物をキリテが空間魔法に入れて、当初持っていただけの荷物になると、改めて用意しておいたお弁当を広げた。


「馬車は揺れるから、食べる時気を付けてね」


 念のためにと食べやすいようにしてはいるけど、揺られながら食べるのは結構大変。


 クレープ生地に具を乗せて細長く巻いた物が今日のお弁当だけどどうだろう。一口で齧れる細さだし、しっかり巻いたから中身は零れにくいと思う。


『マール、ルルも!』


 ルルの分は更に小さい特別仕様。以外と手先の器用なカテナと二人、大小合わせて数十巻くのは大変だった。だけどその甲斐あって、ルルも揺れる馬車の中で零すことなくパクパク食べている。


「マール様、この分けてある分は何かあるのですか?」

「そっちは甘いの。デザートね」


 グリンツからマールディアと言う名前を貰ったけど、ルルは余り長い名前を言うのは上手ではないので、いつも「マール」と呼ぶようになり、みんなもそれにつられて私のことを「マール」と呼ぶようになった。

 名前だけでも嬉しいのに、一生縁がないと思っていたあだ名と言うのも貰えて嬉しい限りだ。


「あ、これ美味い」


 カテナが食べているのは村で作られているソーセージとチェチェの葉を巻いた物だ。

 ぷりっとしたソーセージの濃厚な旨味とシャキシャキとしたチェチェの葉、それからクレープの食感と甘さが引き立て合ってついつい手が伸びる。


 キリテが食べているのはホロロ鳥のハーブ炒めとチーズ。

ハーブの爽やかさとホロロ鳥の食感がしっとりしたクレープによく合う。そこにチーズのコクも合わさって中々の自信作だ。


 カテナは食事中あまりしゃべらない。と言うのも、只管もぐもぐ美味しそうに食べているからだ。

 感想はないけど、表情を見れば美味しいかどうか良く分かる。ちなみに苦手な物や好みでない物があると食べるペースが落ちるし、眉が下がる。


 逆にキリテはよく喋るルルとクルリと一緒に居たせいか、食事中も良くしゃべるしすぐに感想を言ってくれる。あまり好き嫌いはないらしく、何を出しても完食してくれる。


 シュレリアも賑やかな雰囲気の中で食べるのは好きらしく、上品に食べながらも良くルルや私に話しかけたり、カテナに感想を求めたりしている。

 好き嫌いは今の所ないとのことで、キリテ同様何を出しても美味しく完食してくれるのは有難い。


 逆に一番好き嫌いが多いのはルルだ。

 辛いのとすっぱいのと苦いのが嫌いで、甘いのが好き。分かりやすい。それでも甘い物で釣れば苦みのある野菜も食べる良い子だ。


 クレープ巻きは甘いクレープで具材を巻いているので、多少の具材に酸味や苦みがあってもルルはにこにこだ。


「ルル様はベーコンですか?」

『ベーコン、おいしー!』


 シュレリアはコポロカを甘辛く煮た物で、ルルはベーコンとオスラを炒めた物。


 コポロカは昨日の夕飯の残りで、それだけだと味が濃いから細切りにして炒めたキャロルも一緒に。しっかりと味のついたコポロカを、ほんのり甘いキャロルが調和していくらでも食べられる。


 ベーコンはソーセージ同様村で作られている物で、炒めて甘みを出したオスラと一緒に食べると後を引く。


 ルル用以外は全て手のひらサイズだから、あっという間に減っていく。


 時折水筒に入れたハーブティーを飲みながら食べ進めていくと、私が一通り食べた時には甘くないのはもう殆ど残っていなかった。

 犯人は分かっているけど、甘い物は余り食べないので許しておこう。


『お腹、いっぱい!』


 ルルはルル用の分をぺろりと食べきると、キリテにカスタードクリームとオーレの実を巻いた物を半分貰っていた。

 甘さ控えめなカスタードクリームと、甘酸っぱいオーレの組み合わせは安定の美味しさだ。


 甘いものは御者にもお裾分けして遅い昼食を終えた頃、馬車は次の乗車場所、フォーゼルに着いた。




 フォーゼルは暗き森に一番近い、巡回馬車が通る町だ。おかげで商人や冒険者も良く来るので人通りが多く賑やかだ。


「今日はここで買い物して一泊ね」

「はい。ショッピング楽しみましょうね!」


 嬉しそうなシュレリアに背中を押されるように馬車を降りたら、まずは宿探しだ。


 乗合馬車のインフォメーションは町の案内所を兼ねていることも多いから宿の場所を聞こうとすると、それより先にカテナが聞いてくれた。


「済みません。宿を探しているのですが教えて頂けますか?」


 しかもばっちり護衛騎士の仮面を被っている。


 カテナは見た目爽やか好青年なので、穏やかな微笑みと丁寧な口調で尋ねれば、神殿の騎士と分かる服装も相まって訊かれた相手は口が軽くなりやすい。実際聞かれた女性は頬を紅潮させている。


「や、宿ですね?」

「はい、聖女様と巡礼の旅をしているのですが、こちらの町は初めてなので良い宿があれば教えて頂けませんか?」


 にっこり微笑むカテナをシュレリアはいつも通りおっとり見守っているけど、キリテは別の方向を見て笑いを堪えている。私も笑いたい。誰だあれ。


 何とか笑いを堪えている間に宿の候補を聞いてきたカテナが戻って来たので、近い宿から見に行くことにした。


 一番近いのは町の大通りに面した場所で、利便性は良いけど少しお高いらしい。冒険者より、商人が良く使う宿だとか。

 次は一本横道に入った宿で、初めてだと少しわかりにくい場所にあった。お値段はそこそこ。

 最後は大通りから少し離れた場所にあって、少し不便なのと、冒険者向けで色々サービス省いている分安め。


 カテナ曰く神殿から旅の資金は出ているとのことだし、私も今までに貴族相手で貯めたお金はある。とは言えこの先いつどのようにお金が必要になるのかわからないから、節約できる所は節約したほうが良いだろう。


「ここで良い?」


 三件目の宿の前で聞くと、あっさり全員頷いた。


「四人眠れる部屋か、2人部屋を二つお願いします」

「ちょっとお待ちくださいね!」


 カテナが宿の受付にいた女性に声をかけると、女性は宿帳を捲って空きを確認していく。


「はい! 四人部屋も空いているのでどちらもご用意できますがどうしますか?」

「四人部屋でお願いします」


 安い方を頼むと女性は台帳と鍵をこちらに向けた。


「はい! ではこちらに記入お願いします! 鍵はこちらで部屋は二階になります! 風呂場は男女別の共用で、食事別で一部屋八百ギルになります!」


 カテナが台帳を書いている間に私がお金を払うと、女性は簡単に宿の説明をしてくれた。


「一階は食堂と風呂場になっております! 宿泊は明日の朝10時までで、滞在中は風呂場はいつでもご利用いただけます! 食事が欲しい方は食堂にて有料で食べるか、食べに行くかになります。朝食も同様に食堂で食べることが出来ますし、朝早くに出発したい場合は事前に予約していただければサンドイッチをご用意することが可能です!」


 流れるような説明を聞こえた時にはカテナの記入も終わっていたので、私たちは早速部屋に向かった。


 渡された鍵は二階の一番奥の部屋で、長く使っているけど、きちんと手入れされているのが良く分かる部屋だった。


 ベッドが四台とちょっとした書き物が出来る机が一台。置かれているのはそれだけのシンプルな部屋だけど、窓を開けると暖かい風が入ってきて布団もふかふか。

 一泊するには十分だ。


『ここ、おとまり?』

「はい。今日はここにお泊りです。でも先にお買い物ですよ」


 先ほどまで寝ていたルルも起きたので、荷物を置いて買い物に行くことになった。


 時計を見ればまだ三時過ぎ。買い物をする時間は十分にある。

 今日買い物を終わらせれば、明日午前中の便に乗れるかもしれない。




 そんなことを考えながら向かった店は、冒険者向けの店でしっかりとした作りの服が多く並んでいた。

 カテナはキリテを連れて男性用の服が並んだ一角に向かったので、私とシュレリア、ルルは女性用の服を見ることにした。


「マール様はどのような服がお好きでしょうか?」

「……私、黒以外の服選んで良いの……!?」


 魔女は黒いローブが正装だ。その上薬作りで汚れることも多いからと、ローブの中も黒い物を着る者が殆ど。それ以外でも色の濃いものばかり着ているらしい。


「……そう言えば、マール様は寝間着以外いつも黒のワンピースとローブですわね」


 頬に手を添えておっとりと言うシュレリアに、黒が魔女の正装だと教えると納得してくれた。


「グリンツ様より名前を頂いたのですし、黒以外の服を着ても宜しいと思います」

「良いのかな……」

「はい。思い切って可愛らしい服にしてみましょう!」


 にっこりと微笑むシュレリアに押されて服を選び始めたが、聖女として服装の定められているシュレリアと、黒いワンピースとローブしか着たことのない私の服選びは難航した。何が似合うのかさっぱりわからない。


 結局店員に手伝って貰って、長旅に耐えられる服を選んで貰うことにした。


「お客様の髪は綺麗な赤ですから、それに合わせると良いと思いますよ。指色は目と同じエメラルドグリーンは如何でしょう?」


 そう言って渡されたのは縁に蔦模様が入った赤いスカート。蔦模様の所々に白い小さな花が咲いていて可愛い。

 合わせるのはシンプルな白いシャツとベージュの上着、それから黒いタイツと皮で出来たブーツ。

 これから暑くなっていくから、脱ぎ着出来る方が体温調節出来て良いらしい。


「まぁ! とても素敵です!」


 試着室から出るとシュレリアは目を輝かせた。


「変じゃない?」


 こんな女の子らしい格好したのは初めてなので、妙にそわそわする。


「いいえ、とてもお似合いです! ぜひこのまま行きましょう!」


 念願のウィンドウショッピングが出来て嬉しいのか、今着ている服をお勧めするシュレリアは楽しそうだ。

 そんなシュレリアに恥ずかしいからと断るのも可哀想な気がして、言われるままにこの服を買う事になった。


 着替えも数枚買うと、上から羽織る物を探す。折角可愛い服を買ったのに、今までと同じ黒いローブでは勿体ないから。


 今まで貯めたお金が消えて行くけど、必要経費だから仕方ない。

 そう自分に言い聞かせて羽織る物を見ていたが、良いなと思った物はお値段が可愛くない。

 カテナとキリテの意見も聞きたいが、キリテの服選びはまだのようだ。


「遅くない?」

「遅いですね」


 すっかり飽きて鞄の上で寝ていたルルを起こさないように抱き上げると、男性用の服が並ぶ一角に向かった。

 そしてそこで待っていたのは、フードだけ外した状態、つまり顔の見える状態で淡い緑のどう見てもワンピースを勧められているキリテだった。


「まだ着替えるのか?」

「はい! こちらもとてもお似合いになると思いますので!」


 キリテが今着ている物は薄ピンクのカーディガンに緑の丈の短めのスカート。スカートから伸びる白い足が眩しい。ではなく。


「何やってるの!」

「俺が聞きたい。似合う服を見繕って欲しいと頼んだら、何故か女物ばかり来た……」


 隅の方でげっそりとしているカテナの言葉に、キリテは首を傾げている。


「外の世界はこういう服が普通じゃないのか……?」

「それは女物! 物凄く似合ってるけど!」


 そう、華やかな服はキリテに良く似合っていた。どこをどう見て立派な美少女だ。


「さっきの店員さん!」

「はい?」

「彼に合う男物の服を選んでください。露出はなしの方向で」

「あ、はい」


 思わず低い声で言うと、店員はキリテを上から下まで見た後何着かの男性用の服を持ってきた。


 男性用の中でも明るい色合いの物を集めたのかカラフルに見えるが、女性用に比べれば落ち着いた色合いだ。


「これで良いか?」


 再度着替えたキリテは淡い緑のシャツに紺のズボンと言うシンプルなものだった。と言っても上半身の大半は羽織っているマントで見えないが。


「うん。そんな感じで良いと思うよ。シンプル目立たず。後フード付きマントも新調したほうが良いよ」

「でしたらこちらは如何でしょう? ミチェットの毛皮を使った物で、軽さと防水性に優れています」


 選んでくれた店員毛皮なので色は選べないが、それの方が今は有難かった。


 お値段は結構いいお値段だけど仕方ない。キリテが悪いわけでは……いや、半分ぐらいキリテが悪い気がするので、これ以上騒ぎが大きくならないうちに買い物を済ませて店を出るべきだ。

 シュレリアとカテナは神殿が定めた物があるから、私とキリテの分を2枚頼む。


 奥でキリテに女性物を着せていた男性店員が何か叫んでいるようだが気にしない。俺の女神とか聞こえるけどあれは幻聴だ。


 キリテも同様に着替えを数着購入すると、服を選んでくれた店員が申し訳なさそうに頭を下げた。


「当店の者が申し訳ありませんでした。お詫びにマントは差し上げますので、またどうぞご利用下さいませ」

「いえ、あなたのせいじゃないから気にしないで下さい」


 騒ぎは半分キリテのせいとは言え、受け取らなかったら店員も困るだろうからマントは有難く頂いておこう。


「有難うございました!」


 これ以上騒ぎになるのは遠慮したかったのですぐに店を出ると、店の中から「今日の騒動分給料カットするからね!」と怒鳴り声が聞こえてきた。

 どうやらマント代はあの青年の給料から引かれるらしい。


「なんか、大騒動になったな」

「これがキリテの顔の威力よ。理解したら今度から私たち以外の前ではフード被って顔隠して」

「……わかった」


 納得出来ないのかしたくないのかわからないが、不服そうにしながらもキリテはフードを目深に被ってくれた。


 とても疲れたけどとりあえず服は買えたから、今日はもう宿に戻ってゆっくり休もう。

 そう言うと、何故かカテナが強く同意してくれた。

新しい食材たち。

オスラ:料理を陰で表で支えてくれる玉ねぎ。新玉、凄く美味しいです。

オーレ:真ん丸オレンジ。

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