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魔女の旅路  作者: ゆきのん
プロローグ
6/33

旅立ちの日

 弱火で温め最後は少し強火でカリッと表面を焼きあげたホロロ鳥のハーブ焼きを出すと、カテナとキリテはあっという間にお皿を空にした。


「どうです。魔女様のご飯は美味しいでしょう」


 なぜかシュレリアが胸を張る。本当に何故だ。


「あぁ。確かにこれなら旅の間も食事は楽しみになるな」


 昨日の夕飯から今日の昼食にかけては聖域の隠れ里で用意して貰ったので私が料理することはなかった。なのでキリテが私の料理を食べるのは初めてだ。

 本当なら焼き直しじゃなくて焼き立てが一番美味しかったけど仕方ない。焼き立てはまた今度。


『シテ! ルルも! ルルもした! まぜまぜ!』

「ルルが? 邪魔しなかったか?」

『してない! シュレ、一緒、まぜまぜ!』


 褒めて褒めてと全身で表すルルに、キリテは苦笑しながらルルを撫でた。


「シュレリアが料理の手伝いを……!? 怪我は大丈夫か?」


 カテナはカテナでシュレリアの怪我を心配している。


「大丈夫です。ルル様と一緒にハーブを千切ったり、サラダを混ぜたり楽しかったです」

「そうか……」


 楽しそうに微笑むと、シュレリアはルルに「また一緒にお手伝いしましょうね」と話しかける。

 ルルも大きな目をきらきらさせて頷くけど、面倒見るのは私なのを忘れないで欲しい。


 話しながらもどんどん料理は減って行く。

 カテナは予想していたけど、キリテも予想より良く食べた。


「かなり多めに作ったのに……!」


 余らせて、明日の昼食に再利用しようと思っていたホロロ鳥は、一欠けらも残らず綺麗になくなった。勿論ポトトとキャロルもだ。

 スープだけは大鍋に沢山作ったからまだ残っているけど、それでもこの調子だと一食分にもならない。


「残したほうが良かったのか?」

「残ったら明日サンドイッチにしようかと思ってたの。代わりにキリテの取って来た鳥とコポロカがあるから良いけど」


 昼間は薬を作りたいから凝った物を作っている暇はない。これから鳥とコポロカの解体するのもかなり面倒だ。


「キリテ」

「ん?」

「鳥とコポロカ捌ける?」

「綺麗じゃなくて良いなら捌けるけど」

「じゃぁ捌いて。カテナは食器洗いとキリテの手伝い。シュレリアはルルと一緒にお風呂入って。私は布団用意するから」


 とりあえず今日やることを振り分けると、カテナとキリテは顔を見合わせて肩を竦め、シュレリアはルルの着替えをキリテに求めた。

 だがルルはキリテの使い魔なのでお風呂は必要ないと言われた。着ている物も服に見えて、ルルの魔力の一部らしい。


 精霊も能力が上がれば上がるほど自分たちの好きな見た目になるし、装いも変わる。それと似たようなものか。


「ルル、シュレリアとお風呂入る?」

『や!』


 本質が子猫なせいか、ルルは尻尾をぴん! と立ててお風呂を拒否すると、ルルはキリテ後ろに隠れてしまった。


「じゃぁみんなの布団用意するの手伝ってくれる?」

『お布団! する!』


 代わりに布団の用意に誘ってみると目を輝かせた。


「ルル様に振られてしまいました」

「代わりに可愛がっておくわ」


 残念そうなシュレリアをお風呂に行かせている間に、カテナとキリテは夕飯を食べ終えカテナは後片付けを行い、キリテは家の裏手に向かっていた。


 私はルルを抱き上げると、まず店舗用のスペースに行った。


 店舗用に使っているスペースは余り広くない。客が入るスペースと、カウンターを挟んで私が薬や材料を置いている場所に分かれている。


 先日カテナは客が入るスペースに布団を敷いたけど、流石に布団を二枚敷くスペースはない。かと言って他は私の寝室と保管用の薬草が置いてある部屋、それからキッチンぐらいしか部屋はない。


 私の部屋は私とシュレリアで満員だし、薬草のある部屋は物置なので布団を敷くだけのスペースはない。後薬草の匂いが充満しているからあそこで寝るのはお勧め出来ない。

 そうなると後はキッチンぐらいか。


「キリテの寝る場所どうしようか」

『シテ、どこでも、寝る!』

「ルルは誰と寝たい?」

『ふかふか、お布団!』

「じゃぁ私の部屋で良いね」


 もう本人に選ばせようと決めると、布団を店舗用のスペースに運ぶ。


 暖かい季節で良かった。適当な布の上に冬用の掛布団を敷けば下が床でもそこまで硬くないだろうし、掛けるものも何とか足りそうだ。


「キリテ。寝る所だけどキッチンと薬草入れてる物入れと狭いカウンター内、どれが良い?」


 コポロカを解体していたキリテにそう聞くと、キリテは少し考えて「カウンター」と答えた。


「狭いけど良いの?」

「座って寝るから良い。代わりに余ってるクッションとかあれば欲しい」


 聞けば天族は翼がある分、私達みたいに横になって眠ることは少ないらしい。

 確かにキリテの家でも寝床らしいものはなかったけど、代わりにクッションが沢山積んである一角があった。あれが寝床だったのか。


「分かった。カウンターの中片付けておくわ」

「助かる」


 そう言って解体作業に戻るキリテだけど、正直解体は雑だった。

 職人技を求めているわけじゃないけど、もう少し丁寧になって欲しい。


 お肉のいっぱいついた骨は、半分は明日煮込んでスープを作って、残りはたれに付け込んで焼こう。骨周りのお肉って美味しいんだよね。


 とりあえず今は取り出されていた内臓部分だけ貰って行って処理を済ませておかないと。

 内臓系はすぐに処理しないと味が落ちたり食べれなくなったりするから。


「ルルは内臓系食べられる?」

『んー……』

「明日出すから、食べられそうなら食べてね。ダメなら他の食べれば良いし」


 珍しくすぐに返事を返さないルルに助け舟を出すと、ルルは大きく頷いた。


『ないぞう、食べる、してみる!』


 小さい子はレバー苦手な子多いけど、ルルは食べられる子だと良いな。




 内臓を簡単に処理してカウンター内を片付けていたらシュレリアがお風呂から上がって来た。


「魔女様、何かお手伝い出来ることありますか?」


 私がまだ片付けしているのを見てシュレリアがそう言ってくれたので、キリテの分の布団とクッションを運んで貰った。

 その間に内臓の処理を終わらせると、ルルをシュレリアに渡してお風呂だ。


 先代がお風呂好きだったから、うちにはゆったり浸かれる浴槽がある。お湯は精霊たちにお願いしているから、準備も片付けも簡単で良い。お礼は必須だけど。


 お手製の石鹸で体を洗ってお湯に浸かると、気づかないうちに強張っていた体が解れるのが分かった。


「当然か」


 先代が亡くなってからずっと一人だったのに、急に五人になって、その上この先は世界を救う旅への同行。緊張しても不思議ではない。


 シュレリアは真っすぐで良い人。

 カテナはまだ距離を測りかねている感はあるけど、護衛として取り繕うのをやめてからは結構気さくで話しやすい。

 ルルはいつも明るくて可愛い癒しだし、キリテも見た目に騙されなければどこにでもいる少年だ。


 だけど会ってまだ数日の他人。

 例え良い人たちでも、お互い距離を取り合っているのは仕方ない。

 数時間一緒に居るだけならともかく、いきなり二十四時間共同生活送らされる身にもなって欲しい。


「……慣れか」


 そう、こればかりは時間と共に慣れていくしかない。

 幸い乗合馬車が来るのは三日後の昼過ぎだから、それまでに慣れて行けばきっと大丈夫だ。




 三日後の昼前、私達はすっかり綺麗に片付いた家の前に居た。


『後の事は任せておくが良い』

「はい、お願いします」


 見送りに来てくれたらしいグリンツに頭を下げると、グリンツは鷹揚に頷く。


「グリンツ。これクルリに渡しておいてくれ」

『ふむ。儂の分はないのかのぅ?』


 キリテが焼き菓子の入った包みを渡すと、グリンツがもう片手を出す。

 これは絶対、私達が食べる分があるとわかっている。


「どうぞ」


 いくつかに分けた袋のうち一つを出すと、グリンツは受け取った矢先に開けて他の精霊たちに渡す。


『先払いじゃな』

「有難うございます」


 私がいない間、暗き森の面倒を見てくれる精霊たちへのお礼を先に渡しておけと口外に言われ、私はもう一つ包みを渡した。

 減っていくお菓子にルルが悲しそうな顔をしている。後で作るか買うかしなければ。


『そうじゃ。旅立ちの前に一つ渡さねばならぬものがあった』

「ん?」

『お主にではない、暗き森の魔女にじゃ』

「私に、ですか?」


 グリンツがキリテではなく私に渡す物とは……。


『暗き森の魔女。この時よりそなたは「マールディア」と名乗るが良い』

「マールディア……」


 魔女は名前を持たない。それなのに精霊であるグリンツが私に名前を与えようとしている。


「でもそれは、世界の理に触れるのでは……?」


 精霊がこの世界のためにあるのなら、魔女はその指先のようなもの。

 魔女として選ばれたものは魔女として生きるしかない。そして魔女は名前を持たない。


『他の者たちも認めておる。お主を旅に同行させるのはこちらの都合なのだから、せめてものお礼だと』


 だけど、精霊たちがくれた。私に、「マールディア」と言う名前をくれた。


「有難う、ございます……!」


 本当はずっと羨ましかった。

 村で母親に名前を呼ばれる子どもが。

 他愛ない会話で呼び合う人たちが。

 私も、私だけの名前を呼んで欲しかった。

 だけど私は魔女だからと諦めていたのに、こんな風に名前を貰えるなんてずるい。


『魔女……』


 心配そうにルルが小さな手で私の頬を撫でる。小さな手が頬を伝う涙を拭ってくれるけど、溢れてくる涙は止まらない。


「ルル、私、魔女じゃないわ。マールディアになったの」


 でもこれは悲しい涙じゃなくて嬉しい涙。だから心配しなくて良いの。


『魔女、マール、ディア?』

「えぇ。今度からそう呼んでくれる?」

『わかった! ルル、マールディア、よぶ!』


 嬉しそうなルルを抱きしめると、シュレリアの手がルルを抱きしめる私の手を包み込んだ。


「おめでとうございます魔女様。いえ、マールディア様」

「おめでとうマールディア」

「良かったな、マールディア」


 それを切っ掛けにカテナとキリテも祝いの言葉をくれて、私は自分がマールディアになったのだと喜べた。


 暗き森の魔女だけど、私の名前はマールディア。

 この世界で初めての、名前を持つ魔女。


 ここから私の、マールディアの旅が始まる。

あったかもしれないし、なかったかもしれないこぼれ話。


「マールディアと言うお名前は素敵ですが、どうしてこのお名前になったのでしょうか?」

「私も聞きたい」

「ふむ……。この近隣にいた上位精霊が集まってマから始まる名前を出し合って、それを中位精霊たちで投票して決めたのじゃよ」

「マ、から始まる名前、ですか……?」

「うむ。そなたらは今までマールディアの事を魔女と呼んでおったし、マールディアも魔女と呼ばれることに慣れているであろう? だから出来るだけ違和感ないようにマ、から始まる名前にしたんじゃよ」

「グリンツ……」

「ではマールディアと言う名前はグリンツ様がお考えになられた名前なのでしょうか?」

「いや、残念ながらその名前は水のが考えた名前じゃよ。儂が考えた名前は「マジョリカーヌ」じゃ!」

「マジョリカーヌ……」

「マジョリカーヌ……」

「なんじゃ、その微妙な表情は」

「私、マールディアになって良かったわ」

「わたくしもマールディア様で良かったと思います」


グリンツのネーミングセンスは微妙な模様。

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