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魔女の旅路  作者: ゆきのん
プロローグ
5/33

旅立ち前夜

ここからほんわか魔女ご飯始まります!



 どうしてこうなった。



 それが今の私の心境をぴったり表す言葉だ。


 私は聖域までの案内人だったはずなのに、何故世界を救うなんて大層なパーティーの一員になっているのだろうか……。


『見ての通り、封印の小箱の聖女は箱入りだ。世間に出たことがない』


 聖女としての能力に全振りで、生活力とか交渉力とか、そんなもの全く持って持ち合わせていないのがシュレリアだ。


『護衛は聖女よりは多少世間を知っているが、あくまで多少。聖女の護衛となるために剣を振るい続けたが故に常識は知っていてもそれ以外は抜けが多い』


 そうだね。カテナはシュレリアよりは色々出来たけど、あくまでお手伝いレベルでしか出来なかったよね。後絶対詐欺とかぼったくりに合うタイプ。


『キリテは論外だ。二百年聖域に籠り続けていたのであやつの知識や常識は二百年前で止まっている』


 論外すぎた!


『故に暗き森の魔女、お主が必要だ。お主がいなければ、こ奴らは三日と持たずに行き倒れる可能性が高い』


 前回の旅は神殿任せだったが、今回はキリテがいるので神殿に頼り切るのは良くない。迂闊に頼ってキリテが天族だとばれたら、神殿は黙っていないだろうから。

 なら今回は自分たちの力でどうにかするしかないが、戦闘はともかくそれ以外は不安しかない。

 グリンツの言うように放っておけば三日も持たずに行き倒れるか、人攫いにあっていそうだ。


「……でも、私は暗き森の魔女。魔女が長期間己の管理する土地を離れたり、様々な魔女のいる場所へ向かうのは……」


 そう、魔女は魔女同士で争わないようにと様々な制約やルールがある。旅に出るのは制約とルールに反する。


『ふむ……。では特例として儂が許そう。暗き森の魔女。そなたが自由に世界を旅して良いと』


 その言葉に思わず目を見開いた。

 魔女はその土地に縛られる者。それが、自由に旅をして良いなんて。


『恐らく三度目はない。失敗するわけには行かぬのだ……』

「グリンツ……」


 多分、キリテが姿を現す前に別れていたら、私は暗き森の魔女として何も知らずに変わらない生活を送っていた。だけど、もう知ってしまった。


 シュレリアの祈りを。

 カテナの守ろうとする想いを。

 そしてキリテの、家族を思う気持ちを。


 魔女である私は持つはずのない真っすぐな心が、酷く眩しくて羨ましい。だけど、旅に同行すれば、旅の間は彼らと共にいることが出来る。

 長くない時間でも、この先長い人生を歩む時に振り替えることが出来る、あたたかいものが私にも出来るかもしれない。


「仕方ないわね。不安だからついて行ってあげるわ」


 肩を竦めてそう言うと、シュレリアが嬉しそうに手を握って来た。


 とは言えそうなると今度は私の準備も必要になる。

 暗き森の店は帰れるまで閉めるしかない。代わりに出来るだけ薬を作って、近くの村で売って貰うか。保管している食材は薬を託す人に食べて貰えるように渡すべきか。


「とりあえず、一度私の店に戻って良い? 正直聖域までの案内としか考えていなかったから、私旅準備なんて全くしてないの」


 精々森の中で一泊としか考えていなかったから、本当に必要最低限しか持っていない。これでは旅なんて無理だ。


「ならまずはキリテの準備をして、それから魔女の店に戻って魔女の準備。その後町に行って買い物をして目的地に向かう流れで良いか?」


 あまり話さないタイプかと思ったら素が出始めたら口が軽くなったカテナが言うと、シュレリアとキリテが頷いた。私も異論はないから頷いて同意する。


「まぁ、俺の準備は殆ど連絡と引継ぎだから左程時間は掛からない。待ってる間、ルルとクルリと遊んでおいてくれ」


 そう言ってキリテは別の場所へ行き、残された私たちはルルとクルリを見た。


『魔女、一つお願いがある』

「何?」


 ふわりとクルリ肩に乗ったのに重さは感じない。


『たまにで良いからルルにお菓子を上げて欲しい。ルルはお菓子が好きなんだ。聖女が眠る前、一緒に食べてはキリテと聖女の家族に怒られていた』


 会ったこともない聖女なのに、小さな子どもや動物が好きな、ふんわりとした可愛らしい女性のイメージになる。


 ルルは見た目も性格も可愛く癒される。きっと聖女もお菓子を食べるルルを見て癒されていたに違いない。


「分かったわ。キリテが良いって言った時になるけど、ルルにお菓子あげるわ」


 今日渡した素朴な味のクッキーだけでなく、もっと色んなお菓子を上げよう。それで、気に入って日持ちする奴をクルリへのお土産にすれば、きっとクルリも喜んでくれる。


「そうだ。クルリはお菓子好き?」

『好き。そうだ。さっきはクッキー有難う。ルルが嬉しそうに食べていた』

「クルリは食べなかったの?」

『半分食べた。残り半分はルルが食べた』


 キリテが渡した二枚はルルとクルリに一枚ずつだったのに、ルルはその殆どを食べた上にお代わりをねだりに来た。

 確かに、これは怒るキリテと聖女の家族の気持ちが分からなくもない。


「じゃぁこれはクルリが食べてね。ルルには内緒」


 そう言って出したのは、私のお気に入りの一口チョコレートが入った缶。

 私には一口だけど、小さなクルリには大きいかもしれない。


『有難う。大事に食べる』


 向日葵のようなルルの笑顔と違って、クルリの笑顔はふんわりとしたタンポポの綿毛のようだった。




「それじゃぁ、定期的に連絡するけど何かあればグリンツかリオに言うんだぞ?」

『分かった。キリテたちも気を付けて』

『クルリ! 美味しいの、いっぱい、持ってくる!』

『うん。楽しみにしている。行ってらっしゃい』


 キリテの準備が終わると、大きく手を振るクルリに見送られて聖域を出た。

 ルルはクルリと離れるにつれて寂しくなったのか、今はキリテにしがみついて大泣きしている。


 旅の間、聖域と暗き森はグリンツが見ていてくれる。

 結構な広さがあるが、グリンツは上位精霊だから問題ないらしい。


 店に着くと、三人を置いて私だけ村に向かった。三人はついて来ようとしたけど、暫く留守にすることと薬を代わりに売って貰いたいことを伝えに行くのだから一人のほうが良い。

 あの三人がいたら、あれこれ聞かれて時間がかかりそうだ。


 村長の所に行って用を済ませると、そのまま必要な物を買っていく。特に薬を入れる袋はありったけ買わせて貰った。おかげで色々聞かれたが、薬自体は村長が代わりに売ると聞いてほっとしていた。

 それから乗合馬車が何日後に来るかも確認しておく。三日後の昼過ぎ。


「三日後の昼過ぎに乗合馬車が出るわ。それまで自由行動で。あ、でも村の方に行くのはやめてね。あれこれ聞かれると面倒だから。特にキリテ。ルルが村の方に行って追いかけるとかなしで」

「分かった。ルル遊ぶなら聖域方面の森でな」

『分かった!』


 モーラと遊んでいたルルが元気一杯に返事をすると、シュレリアは裏手にある畑でハーブをみたいと言いだし、カテナは鍛錬をすると告げた。

 とは言えすでにもう夕焼け時。そろそろ夕飯の準備をしなければいけない。


「魔女様、何かお手伝い出来ることありますか?」


 そわそわとした様子でシュレリアが手伝いを申し出てきたので、シュレリアでも出来て失敗しても問題のない夕飯に関係することを考える。


「それじゃぁ今日は鳥のハーブ焼きにするから、精霊たちに言ってハーブ摘んできてくれる?」


 ハーブを選ぶのは精霊たち、シュレリアは摘むだけ。これなら大丈夫。


『魔女! ルルも! ルルも、お手伝い!』


 テーブルの上に登って元気よく手を上げるルルには、悩んだ結果味見係を頼むことにした。ルルの身長では食器を運ぶのも食材を運ぶのも危険だから。


『ルル、味見係!』


 それでも楽しそうに胸を張る様子が可愛くて、頭を撫でるとルルの耳がぴくぴく動く。

 撫でるのに満足すると調理に取り掛かった。


 買ってきた鳥肉をまな板の上に乗せるとフォークで刺していく。そこに塩胡椒をして暫く馴染ませる。

 その間に付け合わせのポトトとキャロルの皮を剥いて適当な大きさに切る。シュレリアはともかく、カテナは沢山食べるのでたっぷりと。


「魔女様! 食べ頃のお野菜もあったので貰って来ました!」


 そう言ってシュレリアが見せたのは真っ赤なメメ。

 メメは普通なら暑い季節にしか生らないのに、精霊たちが面白がって育てている。丁度良いからメメとチーズのサラダにしよう。


「有難う。じゃぁハーブを洗って千切ってくれる?」


 細かく切って欲しいけど、それは危険なので言わない。和えてから焼く分には大きくても問題ない。


「はい!」

『ルルも! ルルもする!』

「はい、ルル様も一緒に千切りましょうね」


 二人がボールに向かってハーブを千切っている間に、私はサラダに入れる分を細かく切っていく。


 細かく切ったハーブと油、塩胡椒とペチカの搾り汁を入れる。

 ペチカはそのまま食べるにはすっぱすぎるけど、搾り汁を料理に使うとさっぱりして美味しいからお気に入り。

 しっかりと混ぜたらそこに賽の目に切ったメメとチーズを入れる。


「しっかり混ぜてね」


 ハーブを千切り終えたシュレリアとルルがじっと見ていたので、混ぜる役目を与えておこう。

 代わりに千切ったハーブを貰って、油と一緒に鳥肉に揉み込んでいく。普段一人分だから急に五倍以上になって地味にしんどい。


 後片付けはカテナとキリテにやらせようと心に決めながら、漬け込んでいる間に適当な野菜を賽の目切りにして行く。

 鍋に水を入れて根野菜を放り込むと、そのまま火が通るまで放置。


 鳥肉がしっとりしたら、鳥肉と付け合わせのポトトとキャロルを弱火でじっくり焼いていく。


「良い香りですね」

『まだ? まだ?』


 邪魔をしないように、だけど気になるのかキッチンから出ようとはせずに見ているシュレリアとルルに、思わず笑いが零れる。


「まだだよ。それにカテナとキリテは?」

「わたくしが家の中にいるので、少し鍛錬してくると言って外に出て行きましたが……」


 その割に、外から鍛錬をしているような音は聞こえない。


「焼けたら先に食べようか」


 キリテがどれぐらい食べるか分からないが、少なくともシュレリアより量が少ないという事はないだろう。ルルも小さな体の割に食べる。


「まぁ、宜しいのでしょうか?」

「だって、焼き立てが一番美味しいもの。美味しいものは美味しいうちに食べるのが一番よ」


 森に一人で引きこもっていると、食事ぐらいしか楽しみがない。

 私の料理の腕が上がったのは、先代があまり料理上手じゃなかったのもあるけど、食い意地が張っているからなのも否定できない。


 結局カテナとキリテは焼きあがっても帰って来ず、先に食べることにした。

 いつ帰ってくるか分からないし、味見だけしてもっと食べたいと見つめてくるルルが可哀想だから。


「一昨日も思いましたが、魔女様のお料理美味しいです。この鳥肉、じゅわっとしているのに口の中でほろほろ崩れていきます」

「肉汁はともかく、その食感はホロロ鳥だからよ。この辺りで良く飼われている鳥だけど、美味しいでしょう?」


 ホロロ鳥は鳥という名前がついているのに殆ど飛べない鳥だ。性格は基本温厚で飼いやすいが、、毎日運動しないとストレス溜めて体調崩してしまうから、広い土地がある場所でないと飼えない。


 暗き森は正直田舎だ。下手をしたら田舎を通り越して秘境に近い。いや、聖域と言う秘境が隣だから、ここも秘境か。

 ともかく、のどかな田舎ではホロロ鳥が良く飼われていて、ほろほろとした食感としっかりとした旨味が美味しい。

 付け合わせのポトトとキャロルもホロロ鳥の旨味を吸って良い味だ。


 ポトトはそれだけだとパサパサする上に味気ないけど、お肉と一緒に焼くと一気に美味しくなる。後お腹に溜まるし日持ちするから食卓の味方だ。

 キャロルはオレンジ色の身がホロロ鳥の油で艶々している。ルルの分は予め小さく切って渡した物をフォークで挿して食べているけど、甘いので気に入ったのか、ポトトに比べて減るペースが早い。


『魔女、お代わり!』


 見事にキャロルだけなくなったお皿を見せてくれたけど、まだホロロ鳥とポトトが残っている。


「ダメ。お皿の上空っぽになってから。後サラダとスープは?」

『スープ、ない』


 ダメと言われてショックだったのか、フルフル震えながらルルがスープを入れていたお椀を見せた。このお椀は私が小さい時に使っていた物だけど、それでもルルには大きかった。


 空っぽのお椀を見て、ご褒美にキャロルを一つ分切ってルルのお皿に入れる。

 キャロルが乗ったことで目を輝かせるルルに、残っているホロロ鳥とポトトとサラダを指す。


「お皿の上空っぽになって、それでもまだお代わりいるならあげるから」

『ん。全部、食べる。魔女のご飯、おいしい!』


 そう言ってキャロルに爪楊枝を挿したルルは、見事にお皿の上の物を食べきってキャロルとスープをお代わりするのだった。


「魔女様は小さなお子様に慣れているのですか?」


 一口分ずつ上品に切っていたシュレリアの言葉に、私は首を振った。


「違うわ。さっきのは先代が私にやったことよ」


 先代も子育て経験などない筈なのに、村の人に教えを乞うて私を育ててくれた。それは私の中に残っていて、いつか私が跡継ぎを得たら同じように育てることになる。


「まぁ……魔女様のお母様は、とても愛情深い方だったのですね」


 母と言うには年が離れすぎていて、祖母と言うべきなのだろうけど。




 結局カテナとキリテが帰って来たのは、食べ終えて食後にお茶を飲んでいる時だった。


「遅かったね」

「こいつ連れ戻すのに時間食った」

「済まない……。コポロカを見つけて仕留めようとしたら逃げられて、追っているうちに帰り道が分からなくなってしまった……」


 しょんぼりと項垂れるカテナを、シュレリアは心配そうに見つけ、キリテは呆れた表情を見ている。


「俺は別件で森に入っていたけど、コポロカが走ってくるから仕留めたら、こいつも来るから驚いた」


 コポロカはポロカの子供で、全長70センチほどの動物だ。

 毛皮は硬くてゴワゴワしているから使い道は少ないけど、木の実を食べて育つので、身は柔らかくてとても美味しい。その為飼育している人もいるようだが、暗き森周辺では野生しかいない。


 暗き森は立ち入ることが出来ないのでいないが、他の山では狩人が一攫千金――と言うには大物ではないが、それでも需要はある――を狙っているらしい。

 ただ、基本的にポロカは家族単位で行動しているので一匹だけ狙うのは難しい上に、毛皮が硬いので一撃与えても逃げられることが殆どだと言う。


「俺たちがいることで魔女の食糧はすぐに減ってしまうだろう? かと言って俺たちは村に行くと面倒なことになる。だからせめて、肉を渡そうと思ったんだ」

「別に良いのに……」


 確かにシュレリアたちが来てから食料の消費量はいまだかつてないことになっている。だけど旅に出る前に使いきってしまわなければいけないのだから問題はない。


「今はこの家にある食料使い切ってしまいたいから食料の事は気にしないで。代わりに旅に出たら沢山捕ってきて」


 肉類は足りないから買い足さなければいけないけれど、今はすぐに買いに行ける距離に村があるから迷子になってまで狩りに行くものではない。それより、旅に出てからのほうが有難い。


「分かった」


 神妙に頷くカテナを見て、キリテがそっと視線を逸らす。


「キリテは何してたの?」


 変なことはしていないとは思うけど、暗き森の管理者として確認しておこう。


「……これ」


 そっと差し出されたのは鳥が二匹とコポロカが一匹。


「腕が鈍ってないか試しに行ってたんだよ。で、丁度良い獲物だったから捕って来た」


 うん。視線を逸らした理由は分かった。

 渡す前に目の前で旅に出てから狩って欲しいなんて言われたら出しにくいよね。ごめん。


 とりあえず、二人の夕飯を温めている間に鳥とコポロカは吊って血抜きしておこう。

ざっくり食材紹介。


ホロロ鳥:放し飼いされた鶏。煮て良し焼いて良し揚げて良しのみんな大好きなお肉。

ポトト:ほくほくのジャガイモ。

キャロル:子どもも大好きなニンジン。スイートキャロルは凄く甘い。

メメ:トメィトゥ。普通にトマト。精霊産なので皮が薄くて甘い。

ペチカ:柑橘類の一種。実を食べるには不向きだけど、料理やお菓子作りに使うと美味しい。

ポロカ:イメージはイノブタ。身はコポロカのほうが柔らかいけど、ポロカの方が味は良い。


旅立ちまで後一話。

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